三、敵5
流々と流れる川面の水音以外は、通り過ぎる車のエンジン音しかしない薄やみの街路に小さな爆発音が鳴り響いた。遠くの通行人が思わず振り返るが、音のしたとおぼしきところには制服の女子生徒が一人立っているだけだった。
その爆発はこの女子生徒が起こし、その力でクッションとし高層マンションから飛び降りてきたことなど通行人は知る由もない。
「……」
勿論落ちてきた女子生徒は千早雪野。雪野は気合いを入れる為にか、魔法の杖を一振りすると道路の反対側へと走り出す。
河に沿って続く道路。片側二車線の四車線の道路に雪野は迷いもなく飛び込む。小さな生け垣で区切られた中央分離帯を軽やかに飛び越えた。
すぐ脇は緩やかな土手に続く河川敷。歩道というよりはその河川敷の延長な街路に雪野は向かっていく。
目指した先には一人の人影があった。街灯の灯りが届かない木の陰に隠れるようにして立つ男子がいる。
「驚いた――って顔をして欲しいものね」
道路を渡り切った雪野が街灯の下で立ち止まり、己の姿を見せつけるようにその光に身をさらす。
木の陰からこちらを窺う男子生徒。深雪からは顔しか見えないだろう。その顔も宵闇で隠されている。だが雪野は夜目にもその表情が分かるようだ。
「ああん? 驚いてるって。まさか、飛び降りてくるなんてよ。それに何より――」
「……」
暗闇の向こうにいた男子生徒は笑みを浮かべたようだ。
男子が口を開いたのに合わせて雪野の表情が不快げに歪む。
「自分からやられにくるなんてよ」
その笑みとともに男子生徒は己の右手を持ち上げる。そのままようやく己の身を木の陰からさらけ出し、雪野に面と向き直った。
右手が僅かに届く街路の光を受けて金属質に輝いた。手首より先が金色の光を反射して返す。
「別に。やられるつもりなんてないわよ」
「はぁ? 昼間は変な邪魔が入ったがよ、てめえは俺に歯が立たなかっただろ? ああ、そうか。あのマンションはあっちの変な女の方の家か?」
「……」
雪野の視線がより険しくなる。鋭いまでの視線で花応のことを話題にする男子生徒を睨みつけた。
「そりゃそうだ。いくら何でも高級マンション過ぎると思ったんだよ。あれはもう一人のムカつく女の方の家だろ? 答えろよ」
「そうよ。だから、狙うのはお門違いね」
「ベリ……」
睨み合いを続ける雪野と男子生徒。その脇に怯えるようにジョーが降り立ってきた。
「流石は優等生様! 副業で魔法少女してらっしゃるだけはある! 友達を巻き込めないってか?」
「……」
雪野は答えない。
「まあ、どうでもいいさ。二人ともやっちまうつもりだったからな」
「何ですって?」
「俺はよ! この力をもらった時に決めたんだ! 俺より目立ってる奴とか、恵まれてる奴をぶっ飛ばしてやるってな! 魔法少女様に、超セレブお嬢様! しかも二人はお友達同士ときたもんだ! まさに俺がムカつく奴だ!」
男子生徒の右手が更に金属の部分を増していく。肘から上までが金の質感に変わっていっていた。
「……」
雪野はジョーをかばうように魔法の杖を構える。
「何か変な声がよ、俺の耳元でささやいたんだ! この世にはお前より恵まれた人間がいるってよ! そいつらを殺したくないか――てな!」
「なっ? 殺す――」
「はっ! 殺す気まではねえよ! 俺は、人生約束されてるからな! 大人しく学校行って、大学出て、親父の会社継ぐまで流石にバレるような真似までしねーよ!」
「だったら……」
「退屈なんだよ! 親の金は腐る程あるしよ! どうせその親の金で大学行くから、授業はクソ退屈だしよ! 回りはバカばっかりだしよ! それでも家も才能も恵まれねえ一般庶民どもが、一生懸命額に汗して無駄な努力してるのを見て楽しんでたらよ――」
「……」
「魔法が使えるだ? 十年前には人知れずに世界を救っただ? そんな女子生徒がいるって言うじゃねえか! おいおい! お前ら庶民にそんな力にそんな話、生意気だってんだよ! そうだよ、そんな力は俺にこそ相応しい!」
男子生徒は両腕を見せつけるように拡げてみせた。その勢いに金属化の速度が増したのか、男子生徒の胸から足下にかけてが一気に金と化していく。
「この金の力でボコボに叩きのめしてやるよ……さぞかしすっきりするだろうな、俺の気分がよ……」
男子生徒は不敵に笑う。そしてその嫌みな表情を浮かべたまま、その顔までが金と化していった。