三、敵4
「おいおい! 千早の奴! 何だよ? 何なにげに、人間離れしたことしてくれてんだよ!」
ベランダを脱兎のごとく飛び出した花応。その後を追って宗次郎もダイニングに駆け戻った。
「うるさい! 助けにいくわよ! ジョー! 先に飛んでいきなさい!」
玄関へと向かう廊下で振り返りながら、花応は廊下の向こうに辛うじて見えるジョーを指差した。
「おう、ペリカン! 頼んだぜ!」
「ペリ!」
「てっ! 何故俺は、ペリカンと普通にしゃべってる!」
廊下の向こうから返ってきたジョーの返事と羽ばたく翼の音に、宗次郎はわざとらしげに眉間に皺を寄せる。
「……」
花応は答えない。一人で先に玄関で靴に足を突っ込んでいた。その傍らに転がっていたのは踵が踏みつぶされた男物のスニーカーだ。
「あらよっと!」
そのスニーカーに突っかけるようにつま先を放り込み、宗次郎は先に靴を履き始めた花応よりも早くドアを開ける。
「遅いぞ、桐山!」
「うるさい!」
宗次郎が開けておいてドアを花応が飛び出した。花応は飛び出すと同時にポケットをまさぐった。そのまま携帯を取り出した。
「……」
花応は取り出した携帯を目の前に持ってきたまま、操作するわけでもなく共用廊下をエレベータに向かって走る。
「どうした、千早にかけるんだろ?」
花応の為にドアを開けてやった宗次郎が、僅かに遅れてその後を追う。
「走りながらなんて、私無理……」
「何で?」
「うるさいわね! 誰にだって、苦手なことぐらいあるわよ!」
「そうか? てか、全部話してもらうからな!」
「私から話すことなんてないわよ!」
「お前もあの変な杖使って、おかしな力が使えるんじゃないのか?」
宗次郎が最後に花応を追い抜き、走ってきた勢いそのままにエレベータの操作パネルに手を着いた。内心の苛立ちの表れか叩きつけるように続けて下へのボタンを押す。
「はぁ? あんな非科学なこと! 私がするか!」
「そうか? 桐山……」
そして僅かに遅れて着いてきた花応に宗次郎は振り返った。いつにないなく深刻な眼差しを遅れてきたクラスメートに向ける。
「何よ? あらたまった顔して?」
「いや、何……」
「何よ……」
一階に止まっていたらしいエレベータ。それを待つ花応と宗次郎。
宗次郎にじっと見つめられ、思わず花応は顔が赤らんでしまう。気まずい沈黙がしばし流れた。
花応は宗次郎から視線をそらす為か、にらめっこでもするかのように携帯を面前に持ってきた。実際そうしないと使い方が分からなかったようだ。花応は一つ一つのボタンを確認するかのように、もたもたと携帯の画面に指を押しつける。
エレベータが到着し二人は無言で乗り込んだ。宗次郎が一階へのボタンをやはり苛立ったように押す。
「ああ、もう! やっぱりあの娘、出ないわ!」
ようやく耳元に持ってきた携帯に花応は苛立ったような声を上げる。
エレベータは二人だけを乗せて一階へと降りていく。その間携帯に耳を傾ける花応を宗次郎はじっと静かに目を向けていた。
「やっぱあれ、魔法の杖か何かか?」
宗次郎がようやく口を開いた。
「……」
花応は答えない。携帯に耳を傾けたままだ。
「そうか……答えたくないか……」
「それは、私の問題じゃなくって、雪野の問題だもの……」
「そうだな。まあ、いいさ。だがな、桐山――」
エレベータが一階に辿り着いた。音も静かにそのドアが開く。宗次郎は直ぐに降りずに花応に振り返った。
その顔は先にエレベータが到着する前に見せたのと同じく、普段の不真面目な言動と程遠い真剣な表情を見せていた。
「だから……何よ……」
「いや、何……」
宗次郎が花応に背を向けてようやく先にエレベータを降りる。宗次郎に続いて花応が降り、二人はエントランスをコンシェルジュの受付のあるドアへと向かう。
出入りする人間全てに目を配っているのだろう。コンシェルジュが降りてきた二人に自然に目を向けた。そのまま微笑みを浮かべて目の前を通り過ぎる二人を見送る。
「桐山! 本当はお前も、あの杖を使って変身するんだろ? 魔法少女に!」
「はい?」
「俺、魔法少女物はショートカットキャラが好きなんだ!」
「はぁ?」
「この際本物なら、桐山でも――」
自動で開くドアを待ちながら振り返り、宗次郎がこれでもかとにやけた視線を花応に向ける。
「うるさい! さっさといけ! てか、『この際』『桐山でも』って何だ!」
花応は宗次郎の背中を後ろから思い切り蹴りつけ、困惑の表情の浮かべるコンシェルジュを後に残して道路に飛び出した。