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一、科学の娘4

 少女は敵を見つけた。やはり誰かが襲われている。駆ける足を速める。魔法の杖を鞄から抜き放った。

 スライムの半透明の体越しに、ぼんやりと少女の姿が見える。

 制服――

 襲われている少女は制服を着ているように見えた。スライム越しではよく分からない。

 ましてや全力で駆ける少女の揺れる視界では、大雑把にしか把握できない。

 うちの学校の生徒――

 少女はそのことにまず気づいた。

 襲われている少女が着ている制服。それは今少女が着ているのと同じ制服だった。

 そしてそのすぐ後ろには、先端にいく程細長い花瓶状の白い物体がいる。

 何? 敵なの? 二体も――

 もはや一刻の猶予もない事態と見た少女は、魔法の杖に魔力を送る。

 柄が甲高い金属を鳴らし、昨晩よりは力強い光が先端の宝石に灯る。

「食らいなさい!」

 少女が魔力を炎に変え、敵に叩きつけようとしたその時――

 自身に満ち溢れた少女の声がした。


「アルカリ金属!」 



 花応のその叫び声とともに、側溝が爆発した。

 同時に大量の水しぶきが立ち上がる。

 ――ゴォォアアアッ!

 敵が驚きの怒号とも、怒りの咆哮ともとれる雄叫びを上げた。

「逃げるわよ!」

 花応はすかさず身を翻してそう叫ぶと、ペリカンを脇に抱えるように走った。

 後ろでは爆音を上げて、いまだに大量の水しぶきが上がっている。

「何ペリか? 水柱が上がったペリよ!」

 抱えられながら自らも空中で無駄に足を漕ぎ、ペリカンは背後と花応の顔を交互に見やる。

 だが吹き上がった水しぶきで、その向こうの敵は見えない。

「アルカリ金属よ。アルカリ金属は水と激しく反応するの」

「水? 反応? 爆発してるペリよ! 魔法ペリか?」

「違うわ――」

 花応は角を曲がる。目指すは大通りにつながる公園だ。


「科学よ!」


 花応は公園に飛び込んで振り返り、誇りと自信に満ち溢れた顔で言い放った。



「何なの……」

 少女はずぶぬれになりながら呟いた。敵はまたもや逃してしまった。

 残されたのは水浸しの制服を着て、路地に取り残されたこの少女一人。

「何なのよ……今の……」

 少女はもう一度呟いた。


「……」

「……」

 花応とペリカンは黙って今きた道を見つめる。公園に飛び込み、一通り二人して息を整えた。

 敵と呼ばれたモノの追ってくる気配はしない。

「追ってこないペリ……」

「だといいんだけど……」

 公園から恐る恐る道を覗いた花応は、左右も見回してから言った。

「逃げたペリか……」

「そう思いたいけどね……」

 花応はため息まじりにそう呟くと、近くのベンチに腰を下ろす。

 その横でペリカンが同じく腰を下ろした。足を前に投げ出す、人間臭い座り方だ。

「……」

「何ペリか?」

「別に……今更座り方一つで驚いたりしないけど――」

 花応はベンチで息を整える。

「ホント非科学ね」

「不思議ペリか? 不思議生命体冥利に尽きるペリ」

「不思議よ。不思議。大いに不思議だわ。私はね、科学的じゃないのは嫌いなの。オカルトとか。超常現象とか。信じないタイプなの」

「……ペリ。オカルトでも、超常現象でもないペリ。魔法ペリ」

 ペリカンはベンチで胸を張って言う。

「一緒よ。非科学よ。ペリカンのなりして人語を話さないでくれる。科学的でないわ」

「でも、現に目の前で話してるペリよ。それに曲がりなりにも、危険を共にした仲ペリ。名前ぐらい訊くのが礼儀ペリよ」

「ぐ……生意気ね……」

「人の意見が生意気に聞こえるのは、相手を下に見ている証拠ペリ。そして正論を言われている証拠ペリよ」

「フンッ! じゃ、名前は? てか、何者よあなた?」

「名前はジョー。不思議生命体のジョーペリ」

「不思議生命体? ジョー? ペリカン・ジョー?」

「ペリカンではないペリよ」

 袋の垂れ下がった黄色いくちばしを向けて、ジョーと名乗った水鳥は花応に応える。

「ペリカンよ。どのくちばし下げて、ペリカンじゃないとか言うのよ」

「ペリ……」

「まぁ、いいわ。ペリ環状反応に名前が似てるから、特別に許してあげる」

「ぺ……ペリ? ペリカンジョーハンノー?」

「周辺環状反応とも言うわ。五つ種類があるんだけど、π電子系の――」

「ペリ……わ、分からないペリ。あっ、お名前は? 聞いてなかったペリ」

「私? 私は桐山花応。化学反応の『化』に草冠の『花』と、化学反応の『応』で花応」

 花応はカバンから絆創膏を取り出した。

 箱ごと取り出したそれには、『桐山メディカル』と印字されている。

「ペリ」

「ペリって……漢字分かるの?」

 花応はジョーの羽をかき分け、血が出ていると思しきところに絆創膏を貼ってやった。

 だが羽が邪魔をしてうまくいかない。花応は数を頼りに傷口の周りに、ひたすら絆創膏をあてがう。

「少しは分かるペリ。不思議生命体の世界では、日本語が分からないと友達の話題についていけないペリ」

 花応に身を任せながら、ジョーが自慢げに答える。

「何でよ?」

「人間界から漏れ出てくる電波。それを拾って見るのが、サブカルチャーの代名詞になっているペリ。一番人気は日本の深夜放送ペリ」

「あっ、そ……」

「ところでさっきのは科学ペリか?」

 ジョーが嬉しげに右の羽を上げた。せっかく貼った絆創膏が、その動きで何枚かはがれてしまった。

「そうよ。水と激しく反応するのよ、アルカリ金属は。見ての通り爆発的にね。だから普段は灯油に入れて保存するの。モノが何かまでは詳しく聞かないでね。怒られるから」

「ペリ……何故ペリか……」

「持ち運ぶようなものじゃ――ないからよ……いくら科学の娘でもね……」

 花応は真剣そのものの口調で呟いた。

2015.11.12 誤字脱字などを修正しました。

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