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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者20

「誰だよ? 『金のあいつ』って? やっぱりお前ら何かしてんのか?」

 宗次郎は床に尻餅を着いて座ったまま、疑問に目を細めて花応に視線を返した。

「……」

 花応は答えない。宗次郎にまともに見つめ返され不機嫌そうに視線をそらした。

「あの不思議なささやきのこと、何か知ってんのか?」

 宗次郎の目は更に目を細めて言葉を続ける。疑問よりは嫌悪の為にその目に力が入っていくようだ。

「えっと……ささやかれたんじゃないの? その……河中は?」

 雪野が覗き込むように宗次郎の顔をまじまじと見る。

「やっぱり。何かは知ってるだな? 何なんだ? あのささやきは?」

「それは……」

「『それは』?」

 言い淀んだ雪野に宗次郎はその先をうながす。

「それは――うまくは言えないわ。それにあの人の欲望につけ込むささやき。それを知れば、河中も心動かされるわ」

「ささやかれたけど、断ったぞ。俺は自分の力を信じてるからな」

 宗次郎がやれやれと言わんばかりに立ち上がる。

「えっ? そうなの?」

「お前こそ、どうなんだよ。千早? 何か時折人間離れしたところ見せるし、何より演劇部の練習なんてウソだろ? あれ、ささやかれて手に入れた力じゃないのか?」

 宗次郎がテーブルのイスを引きそこに座る。宗次郎は手に持っていたカメラをあらためてテーブルの上に置いた。

「ささやかれる訳ないでしょ! 十年前から戦ってきた相手よ!」

 雪野が憤慨といった感じでようやく床から立ち上がる。

「『十年前』? 『戦ってきた』? その話――聞きたいな」

「あ……」

 宗次郎がイスに座ったまま身を乗り出し、雪野が思わず手で口元を覆う。

「はいはい、雪野。色々と話さないと、ダメな状況になったんじゃない?」

 目の前のイスに座り向かい合う宗次郎。その花応と宗次郎の間に立つ雪野。

 花応はそんな二人を交互に見る。

「う……でも、ささやかれてないのなら、かかわらない方が……」

「もう、充分かかわってるでしょ? とりあえず座りなさいよ」

 花応が宗次郎と自分の間で余っていたイスを引いた。

「むう……」

 雪野が不服に頬を軽く膨らませると、花応が引いたイスを更に自分で引いてそこに座る。

 テーブルの脇に三人が三角の頂点を作って座った。

「校内の事件に、俺がかかわらない訳にはいかないしな」

「つまりこういうことね。河中はささやかれた。だけどその誘いに乗らなかった。だけど生来の物好きから、ささやきに関係のありそうな人物に目をつけた。勿論それは、授業中に派手な演劇部の練習を始めた雪野。そしてその場に居た私と天草さん。違わない?」

「違わない。不思議なささやきの後に、お前らの怪しい行動の数々。こいつは何かあると思った。白日の下に曝さなくてはならない何かがだ」

 宗次郎はカメラに手を伸ばす。言葉にはしないが白日の下に曝す為の宗次郎の武器がこのカメラだと言いたいのだろう。

「記憶にない写真がある。その中で千早はサーカスよろしく炎を操っている。桐山は怪我をしている。天草はずぶ濡れ。俺達はあれだけの騒ぎを演劇部の練習だと不思議に思っていない。で、演劇部の他の奴らに聞いたら、そんな予定なかったって言う。そりゃ、ある訳ない。授業中なんだし。演劇部の連中は、訊かれてそこでやっと不思議がる始末だ。そしたら放課後校舎裏で、天草が一人でぼおっとしてる。何げないフリして訊いてみたが、逃げられた。まあ、天草が内気なのは今に始まったことじゃないけどな」

 宗次郎は長々と一人で状況を整理する為に話し、最後にようやく笑みを少し取り戻して花応を見た。

「で、カマをかけるようなことを次々として、逆に雪野に怪しまれたって訳ね」

 花応も軽く笑みを返す。お互いを疑う緊張感からようやく解放されたのだろう。それは頬の筋肉が自然と緩んだ笑みだった。

「怪しいのは、だからお前らだろ?」

「怪しいのは、雪野だけよ」

「やっぱりか?」

 宗次郎がははっと笑う。

「何で、私だけが怪しいのよ?」

 雪野が不機嫌もあらわに眉間に皺を寄せた。

「じゃあ、雪野。自分の正体は、堂々と自分で河中に教えてあげることね。私なら、恥ずかしくってできないけど」

「ぐ……」

 雪野が固まる。

「十年前から、何やらささやく連中と戦ってきた、正体のある何かなんだな? 千早は?」

「ふん! 教えない! 自分で調べなさいよ! 新聞部のエースなんでしょ?」

「そうか? まあ、何だ。何より不思議だったのは――」

 宗次郎は意味ありげな笑みを浮かべて花応を見た。

「何よ? 気持ち悪いわね。人のことまじまじと見て」

「何より不思議だったのは――あの、毎日一人で不機嫌そうにしている桐山が、いつの間にか千早と仲良くしていることだったな」

「なっ? 余計なお世話。放っといてよ」

 花応が苦虫を噛み潰したような顔で顔ごと視線をそらした。

「はは。その台詞。一昨日ぐらいまでの桐山の口から出てたら、かなり不快に受け止められてただろうな? こいつ本気で言ってんだろうなって――」

 宗次郎がそこまで口にすると、

「――ッ!」

 雪野が不意に音を立ててイスから立ちがあり、身ごと窓の方に振り返った。

 雪野の視線が射抜く先――窓の向こうから、何か黒い影が近づいてくる。

「何よ?」

「何だ?」

 遅れて花応と宗次郎が窓に振り向くと、窓に何かが打ちつけられる音がダイニングキッチンに響き渡った。肉と骨をガラスに叩き付ける不快な音が部屋中を震わせる。

「ジョー!」

 黒い影の正体に花応が思わずその名を呼ぶ。

 それは窓にへばりついたペリカンの姿だった。ジョーの体は窓に激突したまま、羽を大きく拡げた姿勢でしばらく動かない。

 そしてゆっくりと下に落ちていく。

 窓にへばりつき、ゆっくりと落ちていく要因となっている――

「ペリ……」

 血のりを引きながら、ジョーはゆっくりとベランダに落ちていった。


(『桐山花応きりやまかのんの科学的魔法』二、ささやかれし者 終わり)

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