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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者19

「――ッ!」

 雪野がガタリと音を立ててイスから離れる。テーブルから距離をとりつつ、その身を花応の方に近づけた。

「……」

 宗次郎も立ち上がる。こちらは静かにスッとだ。

「花応……こっちへ……」

「へっ? ちょっと……」

 花応は困惑に目を右往左往させる。

「着替えてきたのは、そういう訳だったのね……」

 雪野が手を伸ばした。なかなか自分の下に近寄ってこない花応を、伸ばした手で掴もうとする。

「雪野……」

 だが花応はまだ考えがまとまらないのか、その手の誘いに乗らずに冷蔵庫前から動かない。

「ああ……お陰さんで、穴が空いちまったからな……」

「一応確認しておくけど、ズボンの裾よね……」

「?」

「どうなのよ?」

 一瞬不思議そうな顔をして答えに詰まった宗次郎に、雪野が返答をうながす。

「ああ……そうだけど……」

「――ッ!」

 花応が驚きに己の口を覆った。

「バカだとは思っていたけど……そこまでして、何がしたかったのよ……」

 花応が一度は口に覆った手を下ろし、怒りにか拳を固く握った。

「バカは余計だ。俺は真実を知りたいだけだ」

「いくら真実を知りたいからって、そこまですることないじゃない!」

「知的好奇心に勝るものはない! 俺にすれば普通だ!」

「バカよ! バカよ! バカよ! せっかく友達になれると思ってたのに!」

「それはこっちの台詞――」

「花応! 下がってなさい!」

 口論めいた言い合いになった花応と宗次郎の隙を突くように、雪野がテーブル前で床を蹴った。

「雪野!」

 花応とテーブルの脇をすり抜け、雪野は瞬く間に反対側に回り込む。

「河中! 正気に戻してあげるわ!」

 雪野が手を伸ばして宗次郎の腕を掴もうとした。

「お前こそ正気か?」

 宗次郎がとっさに手を眼前に掲げた。

 その手が閃光を発する。

「――ッ! 金の輝き? く……」

 雪野があまりの眩しさに一瞬目を眩まされた。反射的にか目をつむってしまい伸ばした手が空を切った。

「――ッ!」

 花応も眩しさに目をつむった。

 だがむしろその次の瞬間に、

「河中!」

 花応はその自慢の吊り目をかっと見開いた。



「く……」

 雪野が眩む目のままにか、片目を何とか半分見開いて相手の姿を探す。

「眩んでないのか? 人間離れしてんぞ! やっぱりか?」

「そこね!」

 その雪野の視線が一点で止まった。声も頼りに眩む目のままで相手を掴まえたのだろう。雪野は見えないままにも鋭い視線を前に送る。

 雪野が床を蹴った。その勢いのままに宗次郎に飛びかかる。

「ダメッ! 雪野!」

 だがその雪野に花応が後ろから掴み掛かった。

「ちょっと、花応!」

「おい!」

 後ろから飛びかかられバランスを崩した雪野は、宗次郎の足下にもつれるように倒れ込んだ。

 三人はキッチンダイニングの床に絡まりあって倒れ込んだ。

「おわっ!」

「きゃあ!」

「……」

 宗次郎と雪野の悲鳴が混じりあい、花応が歯を食いしばって雪野の体を押さえにかかる。

「花応! 何してるの?」

 宗次郎の膝上にのったまま、雪野は体を捩って花応に振り返る。

「だって!」

「見たでしょ? あの光! 金の――」

「あれは――」

 花応が手を力一杯伸ばした。その手は雪野の体を越えて、宗次郎の右手を掴む。

「桐山!」

「違うわ、雪野! あれは、カメラのフラッシュよ! キセノンの光よ」

「へっ?」

 雪野が間の抜けた声を上げ宗次郎の右手を見た。

 花応に掴まれ床に押さえ付けられている宗次郎の右手。その右は人間のものでありその手の平の中にコンパクトカメラを握っていた。

 そしてシャッターに指をかけて固まっている。

「あれ? 金じゃない?」

 雪野が宗次郎の右手に目を白黒させて瞬きをした。

「おい、何だよ?」

 宗次郎がその右手を自由にしようと身を捩った。

「いたっ!」

 宗次郎の右手を掴んでいた花応の手。それは包帯を巻いたままの花応の右手だった。

 傷口に響いたのか花応は思わず声を上げる。だがその右手は放さなかった。

「あ、悪い。大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよ。とにかく皆落ち着きなさいよ」

 花応が身を起こした。やっと右手を宗次郎から放す。花応は全身から力を抜くように床に座り込んだ。

「落ち着けって、興奮してんのはお前らだろ?」

「あんたもでしょ? 雪野もよ、とりあえず休憩」

「だって。えっ? あれ? 河中。あんた、ささやかれたんじゃ?」

 雪野が宗次郎の体から身を起こした。床にお尻を着いて座り込みながら、まだ不思議だと言わんばかりに宗次郎の全身をジロジロと見る。

「ああ。真実を見る力が欲しくないか――とか、不思議な声が聞こえたな」

 宗次郎が上半身を起こす。宗次郎もそのまま床に座り込んだ。

「『真実を見る力』? それと金が何の関係が――」

「関係なんかないわよ、雪野。河中は金のあいつじゃないもの。科学的に考えればね」

「へっ? 『科学的に』?」

 雪野の目がこれでもかときょとんと見開かれる。

「そうよ。だって、河中は――」

 花応が宗次郎を見た。顔を中心に全身を軽く見回す。

「私に言われるがままに、あることをしたはずだもの。金のあいつなら、おそらく科学的にダメなことをね」

 花応はそこまで口にすると立ち上がり、やれやれとばかりにテーブルのイスに座り込んだ。

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