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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者18

「カレーにしようぜ! カレー! 手伝うって言ったけどさ、切ると煮る以外は俺できねーし!」

 宗次郎がトイレから笑顔で戻ってきた。テーブルに置きっぱなしたカメラに気を留める様子も見せず、宗次郎はその脇を抜ける。

「……」

 花応はその宗次郎を複雑な表情で迎える。

 花応は冷蔵庫に背中を預けていた。花応の背丈を大きく越える冷蔵庫。その閉ざされた扉を更に守るかのように花応は立っていた。

「……」

 花応は視線を宗次郎の足下に移した。私服のズボンの裾が、テーブルとイスの足の間から見え隠れする。

「ん? 何だよ?」

「別に……」

 花応はついっと視線をそらした。

「ご飯もいいけど、色々とお互い聞いとかないといけない話があるんじゃない?」

 雪野が花応の代わりに口を開く。雪野はカメラを前にテーブルに座っていた。そしてその目も少々座っている。

「何だよ、千早? お前少々怖いぞ。ま、おっかないのはいつもか? クラスの問題にいつも目くじら立ててるものな」

「ええ。例えば――天草さんの問題とかね」

 雪野の目がすっと細められる。

「おう、らしいな。俺、あの時程、自分の遅刻癖を呪ったことはなかったね。いつもの通り遅れて教室着いたら、何かざわざわしててよ。聞いたら天草の奴がまたいじめられて、千早がとうとうブチ切れたって? 残念、現場見損ねたよ。今度から事件は俺の前で起こしてくれるとありがたいかな。まあ、千早らしいと思った。だがよ――」

 宗次郎は雪野の視線を正面から受け止めた。

「『だがよ』――何?」

 雪野が警戒の目の色のままに先をうながした。

「いやさ、あの桐山が付き添いで保健室に行った聞いた時には、授業中だってのに大声上げちまったね。知ってるか? 現国の教科書の角って、やたらと痛いんだぜ」

「知らないわよ。勝手に怒られてなさいよ。花応は私が頼んだの」

「そうか? まあ、頼まれても引き受ける桐山には見えなかったけどな。俺の人を見る目もまだまだだな」

「……」

 冷蔵庫に身を傾けていた花応が、無言で少し身じろぎした。体重を預け直した冷蔵庫のドアが、その背中でぎしっと軽く音を立てた。

「で、俺が聞きたいのは――」

 宗次郎がテーブルのイスを引いた。テーブルとカメラをはさみ、雪野と正面から相対する位置に宗次郎は無警戒に座った。

「クラスメートを保健室に送ったはずの千早が、何でそのまま演劇部の練習なんてしてんだ? 本来なら授業の時間にだぜ」

「別に。天草さんが目を覚まさないし、只看病してるのも暇ねと思っただけよ」

「そうかい? 随分と熱心だな、たかが部活に。まあ、俺もその点は人のこと、とやかく言えないけどよ」

 宗次郎がカメラに手を伸ばした。

 宗次郎はカメラの背面を己に向けると、ボタンを幾つか慣れた手つきで押し始める。

 カメラに先ず電源が入れられた。丁度レンズを向けられる結果となっていた雪野の顔が、一瞬そのモニタに入り込んだ。

「……」

 モニタで確認するまでもなく、雪野の視線は相変わらず油断なく細められている。

 宗次郎はそのままシャッターを押さずにボタン操作を続ける。カメラの背中につけられたモニタが、データ表示に切り替わった。

 最新の撮影済みデータから表示されるのだろう。先程まで宗次郎が方々を撮った花応のキッチンが表示される。

 宗次郎は指をモニタの上で走らせ、その画を次々と先に撮ったものにさかのぼらせていく。

「てか、何で俺はそれを一時は納得したんだ? ああ、演劇の練習なんだって。いつも隠された真実を追い続ける程、新聞部の部活に熱心なこの俺が? 何でそこを疑問に思うことを、まるで丸々記憶をなくしたかのように疑ってないのは何故だ? そして何より、撮った覚えのない写真があるのは何故だ? しかもこんな不思議な現象――」

 花応の姿がモニタの中で大写しなった。

 モニタの中の花応はマンションの玄関で、顔を少々赤くして立っているところだった。

 宗次郎を迎えに出て、その姿を見つけた瞬間に撮られたのだろう。

 はにかみが大きいのか、単に驚きの方が大きかったのか。花応の表情の崩れ切る一瞬前の、固く不器用な笑みをとらえている。

 宗次郎はその写真でしばし指を止める。

「……」

 宗次郎が指を走らせた。

 玄関前の花応の写真が消える。

「何でお前らは、ことあるごとにバタバタしてんだ?」

 更に時間をさかのぼった写真が表示されたモニタを、宗次郎が花応と雪野にくるりと向けた。

 そこには校舎の端のコンクリート塀の前で見えない外を睨む雪野と、その傍らに駆け寄る花応の姿があった。

「――ッ!」

 花応が驚きに目を見開き、

「……」

 雪野がすっとイスから立ち上がった。

「……」

 立ち上がり上から鋭く向けられてくる雪野の視線を、宗次郎が臆することなく正面から受け止めた。

 そして――


「これは、俺に〝ささやいて〟きた、あれに何か関係があるのか?」


 宗次郎はその言葉を自ら口にした。

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