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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者17

「さてさて、お呼ばれしたからには何か食わせてくれんのか?」

 宗次郎はカメラをテーブルの上に置くと、家主の許可も得ずにイスを引く。

「何か食わせてもらう気満々なら、とりあえず手洗って、うがいしなさい」

 花応は己の呆れ具合を全力で表現する為か、思い切り腕を前で組んだ。

「手洗いとかうがいとか、意味あんのかよ」

「あるわよ。うがい薬に入ってるヨウ素っていうのはね。傷の消毒に使われてる通り消毒作用があってね。まあ、ヨウ素を何に合わせて消毒液を作るかで、うがい薬と消毒液に作り分けられるんだけど。これは粘膜に触れるうがい薬には、それなりに配慮が必要だからよ。でも原理は同じで、ヨウ素が微生物の細胞壁の中に入り込んで――」

「素直に、うがいしてきた方がいいわよ河中。花応の科学的な話は長いわよ」

 雪野がニヤリと笑って話に割って入る。

「うがいしてきます!」

「あっ! なんか屈辱!」

 宗次郎が勢いよく立ち上がり、花応はむしろ不平に眉を吊り上げる。

「まあ、うがい終わったら手伝うよ。自炊派なんだろ? 桐山は」

 宗次郎はキッチンダイニングの出口に向かいながら、笑顔で振り返る。

「何よ? 何でそう思うのよ? 冷蔵庫までは覗いてないでしょ?」

「四月入学からの一人暮らしのはずの台所。きちんと揃えられている調味料の数々。そのどれもが使用量に合わせたように、ちゃんとそれぞれに減っている。それも卓上に置くような物ではなく、砂糖とかみりんとか食用酒とか、料理の最初に使う調味料がだ」

 宗次郎はドアのところで一度立ち止まる。

「う……」

「へぇ……」

 花応が言葉に詰まり、雪野が感心したように声を漏らした。

「つまり、ちゃんと自炊しているってことだろ? 腕はまだまだみたいだけど」

「そうだけど。何で腕まで分かるのよ?」

「写真撮りながら、ゴミ箱も覗かせてもらったからな。分厚い野菜の皮があったぜ。もう少し薄く剥いた方が、もったいなくないんじゃないかな?」

「――ッ! なっ! 失礼ね! ゴミ箱は余計よ!」

「あはは! まあ、花応は不器用だから、包丁の扱い方とは無理よ」

「雪野!」

「はは! じゃあな! うがいしくるわ」

 宗次郎は軽薄な感じに手をふると、ドアの向こうに消えた。 

「手洗いもよ!」

「分かってるって! 便所も借りるぜ!」

 花応がドアの向こうに声をかけると、声の口調だけでも軽薄さが分かる返事が返ってきた。



「たく……何なのよ……」

 男子らしいドタドタした宗次郎の足音が聞こえなくなると、花応は近くにあったテーブルのイスを引いた。

 そこに己の呆れさ加減を現す為にか、重力に身を任せたかのようお尻を落として座り込んだ。 

「カメラ……置いていったわね……」

 雪野がすっと真顔に戻り、テーブルの上のカメラに視線を落とした。

「へ?」

 それは座った花応の目の前に無造作に置かれていた。

「河中がカメラを手放してるところなんて、見たことないわ」

「何でそんなこと、いちいち知ってるのよ?」

 花応が疑問に眉間に皺を寄せる。

「わざと置いていった? トイレに行くって言い足したのも、長くは返ってこないとわざわざ教える為?」

 花応の質問を聞き流し、雪野はじっと宗次郎のカメラを見つめる。

「別に、河中だってトイレまでカメラ持っていかないでしょ? てか、トイレまで撮られてたまるもんですか」

「忘れたの、花応? 今日私達が河中を呼んだのは、わざと誤送信されてきた天草さんの写真について訊く為でしょ?」

「う……」

「写真を覗けっていう意味? それに意味があるの? それとも何かの駆け引き?」

 雪野がアゴに手をやって考え込む。

「考えすぎよ」

「花応。今日私達が襲われたのは――ウチの学校の男子生徒よ」

「なっ? 河中を疑ってるわけ!」

「しっ! 声が大きいわよ……」

 雪野がアゴにやっていた手の人差し指を立て唇にあてる。

「だって……」

「今日、私を呼び出したのは天草さん。その写真をわざわざ送ってきたのは河中」

「……」

 雪野の言葉に重しをされたかのように、花応は顔ごとうつむいてテーブルに置かれたカメラに視線を落とす。

「それによくよく考えたら、どうしてわざわざ着替えてからきたの?」

「?」

「そうね……例えば、制服のズボンは穴が空いたから――とかね」

「なっ?」

 雪野の最後の言葉に花応が息を呑むと、

「おおっ! このトイレ! 手かざすだけで、水が流れる!」

 遠くで宗次郎の喚声と水洗トイレの水が流される音がした。

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