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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者16

「何だ、この玄関? 何処の高級ホテルだよ!」

 大理石張りのエントランスをぐるりと見回し、河中宗次郎は懐からカメラを勢いよく取り出した。

 Tシャツにジャンパー、ジーンズにスニーカーと、あまりお金のかかっていなさそうな私服姿。宗次郎はその質素な出で立ちで、高級マンションのエントランスに身を踊らせる。

「うおっ! 照明がシャンデリアってる! 窓の向こうに手入れの行き届いた古式ゆかしい中庭が! 壁にシャワーでエレガントな滝が!」

 宗次郎は取り出したカメラで、驚嘆の声の勢いそのままに無心にシャッターを押し出す。

 こちらを撮ってはあちら。あちらを撮ってはそちら。と、宗次郎の体は一瞬たりとも止まらずカメラをそこら中に向ける。

「ちょ……ちょっと……河中……」

 制服姿のままの花応が顔を真っ赤になって止めようとする。包帯を巻いている右手ではなく、左手を慌てて宗次郎に向けた。

 だが本人に触れるのは躊躇したのだろう。花応は伸ばし切れていない腕で指を半開きにして、宗次郎の後をおろおろついて回る。

「おお! 人が! 受付の人がいる! マジで? 管理人さんですか?」

 宗次郎は花応の狼狽に気づいていないのか、それとも気にしていないのか。エントランスの奥まったところにあった、カウンターを見つけるや身を翻した。

 カウンターの向こうにはネクタイをきっちりと締めたスーツ姿の男性があり、宗次郎ににこやかな笑顔を向けていた。

 そして更に真っ赤に頬を染める花応の前を通り、宗次郎はズカズカとその笑顔の受付に突進していこうとする。

「ちょっと! 河中!」

 花応は今度は流石に手を伸ばして宗次郎の腕を掴んだ。

「何だよ、桐山?」

 宗次郎は掴まれた腕に引かれる形で止まった。

「迷惑でしょ! てか、恥ずかしい真似しないでよね!」

「隠された真実を白日の下に曝す。それの何が恥ずかしい?」

 宗次郎はきりりと凛々しく瞳を光らせた。

「隠してなんかないわよ。」

「じゃあ、何であんな豪華な管理人さんが居るんだよ? 怪しくないか?」

「あの人は普通のコンシェルジュさん! 何言ってんのよ!」

「コンシェルジュだ? 普通、マンションにコンシェルジュなんて居るかよ? そりゃ、ホテルの何だっけ? そう、何か色々案内してくれる人だろ?」

「ウチでもしてくれるのよ。荷物の受付とか。来訪者の受付とか」

 花応がチラリとカウンターの向こうを窺う。花応がコンシェルジュさんと呼んだ男性が、にこやかに微笑み返してきた。その笑顔は先程のからの騒ぎにも一つも崩れない。

「何と! 日常にそんなサービスが! すげえぜ、高級マンション! 俺も来訪者だから、受け付けられたい!」

「もう! あんたは、私が迎えに着たでしょ! いいから、行くわよ!」

 花応が掴んだままの宗次郎の腕を引っ張った。

「おお! エレベータも何か豪華だな! まさか、中にエレベータガールが!」

「居るか!」

 花応が開いたエレベータの中に宗次郎を引っぱり込むと、そのドアが音もなく閉まる。

 そしてその様子をコンシェルジュの男性が最後まで笑顔で見送った。



「おいおい。引っ張らなくたって、自分で歩けるぞ」

 エレベータを降りた花応は、掴んでいたままの宗次郎を廊下の向こうに引っ張っていく。

「自分で歩かせたら、何処に行くか分からないでしょ?」

「よくご存知だな?」

 宗次郎はニヤリとわざとらしい笑みを浮かべる。

「流石にご近所迷惑だけは勘弁なの!」

「ご近所付き合いしてるのか?」

 宗次郎は今度は素直な笑みで花応の顔を覗き見る。

「うっ……いいでしょ! ここよ!」

 花応が一つの部屋の前にくると、苦々しげにその横のセンサーに手をかざした。

「生体認証! すげえ! 俺ん家なんか、郵便受けに鍵放り込んでるぞ!」

「もう! いちいち騒がないと、家の一つにも入れないの? あんたは!」

 花応がドアを開けて中に入る。

「あはは。まあ、知的好奇心が旺盛でね」

「たく……上がりなさいよ……」

「うお。玄関まで広いぜ」

「お帰り。ただのお迎えに、遅かったじゃない? 花応」

 花応と宗次郎が靴を脱ぎ初めると、その向こうの部屋から雪野が顔を出した。

「このバカに言ってよ。大恥かいたわよ」

「まあ、あの玄関に興奮するのは、分からないでもないかな」

 雪野が廊下を二人に近づいてくる。

 花応は靴を脱ぐとそれを揃える為に、雪野に背中を見せて屈んでいた。

「てか、『お帰り』って、お前の家かよ」

 靴を放り飛ばすように脱ぎ散らかした宗次郎が、ズカズカと廊下の先に一人で向かう。

「すげえ! 台所! すげえ!」

 そして案の定一人で大騒ぎを始めた。宗次郎は玄関から続く廊下の脇にあったキッチンダイニングに身を踊らせて入っていく。

「あんたもでしょ! 何ずけずけと、一人で勝手に入っていくのよ?」

 靴を揃え終わった花応が、あははと笑っている雪野の横を慌てて走り抜けていく。

「うお! あれが、噂に聞くシステムキッチンってやつか? そして勿論オール電化っぽい! うお、浄水器が当たり前のように! 写真撮っていいか、桐山?」

「何で、写真撮るのよ?」

 追いついた花応が呆れて聞き返す。

「庶民の憧れを絵に描いたような台所だからな」

「そうよね。ウチとも大違いよ」

 雪野がゆっくりと追いついてきた。入り口に立ち雪野もこの部屋を見回す。

「そうなの? まあ、別に。いいけど……」

「おっしゃ!」

 宗次郎は花応の返事にカメラを構えると、間髪を入れずシャッターを切り出す。

「むむ。ただのコンロ一つとっても、何だか一般のと違う感じがする。おお、なんて軽く動く棚だよこれ。うは! 食器洗浄機がある! しかもデカイ!」

 宗次郎は興奮したように夢中でシャッターを切っていく。

「食器はと……」

 だが宗次郎はそう呟くと、パシャパシャと押していたカメラをゆっくりと構え直す。

 どうやら水切りに置かれていたお皿やお椀にピントをしっかりと合わせようとしているようだ。

「何よ? それは別に珍しいもんじゃないでしょ?」

 その様子に花応が後ろから覗き込んだ。

「そうだな……クラスでツンと済ました何処かのご令嬢らしい孤高の女子生徒――」

「む……」

「軽薄な噂通りのお嬢様なマンション。陳腐な想像通りのお金持ちの台所――」

「あんたには関係な……」

「そこで日々使ってると思われる――普通の高校生らしい食器」

 宗次郎は丁寧にピントを合わせたシャッターを切る。

「……」

「桐山はもう少し、真実を白日の下に曝さないとな」

 宗次郎が笑顔を花応に向けると、

「ふん……余計なお世話よ……」

 花応は顔を赤らめて視線を逸らした。

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