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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者14

「……」

 金色の男子生徒は相変わらず無言だったが、内心には焦りが芽生えているのかもしれない。その証拠に己の足下と花応達を交互に何度も見比べた。

 己の身とともに金と化したズボンが溶け、穴が空いたようになっていた。

 花応はビーカーを男子生徒に突きつけている。

 その中身が先程と同じ効果を発揮すれば、今度も男子生徒の体に少なからずのダメージを与えるだろう。

「一応言っとくけど、本来は人に向けていいもんじゃないんだからね。ズボンに穴が空く程度で済んでる内に、諦めたらどう?」

 花応はじりっと半歩前に出た。

 その様子に雪野が花応より少し前に出ようとしてか、己も一歩前に出る。

「降参するなら、今の内よ。私があなたの力を解いてあげる。ささやかれるままに力を使っても、万能じゃないのはよく分かったでしょ?」

「……」

 雪野の呼びかけに男子生徒は答えない。

 だが答えは決まっていたようだ。男子生徒は唐突にその身を翻す。

 その動きに陽光が煌めいた。体の急に向きが変わったせいか、男子生徒の体に陽光が眩く煌めく。

 夕暮れ時の陽が金の体に反射する。その光は花応達の目を一瞬でくらませる。

「――ッ!」

 思わず目をつむってしまう花応達。

 その分反応が遅れた花応達を後ろに残し、男子生徒はジョーの張った煙の結界に飛びかかった。己の背丈の高さを少し越えていた煙の壁を、その上部を掴んで男子生徒はよじ登る。

 男子生徒はそのままひらりと煙の壁を飛び越えた。

「待ちなさい!」

 雪野がその後を追おうと駆け出す。

「ちょっと! ジョー! 煙幕ぐらい、しっかり張りなさいよ! あっ、しまった――」

 反射的に雪野の後を追おうとした花応。酸の入ったビーカーが揺れてしまい、花応は慌ててその場に止まった。

「花応殿が、途中で呼ぶからペリよ!」

「言い訳しない!」

 駆ける雪野は煙の壁の直前でアスファルトを一蹴りすると、壁自体を蹴って一気にその上部を両手で掴んだ。

 雪野はその手を引き寄せるように、己の身を引き上げると軽々とそして鮮やかに膝を曲げて片足をつく。雪野はそのまま曲げた膝を一気に伸ばして、瞬く間に壁の上に登ってしまう。

「ちょっと! あんまり、人間離れした動きしてんじゃないわよ!」

 花応の声が聞こえたのか聞こえなかったのか、雪野はそのままひらりと煙の向こう側に飛び降りる。着地するや走り去る雪野の背中が小さくなっていくのが、煙越しに影としてだけ見えた。

「あっ、雪野! ちょっと、待ちなさいよ! ジョーッ! これ、しまって!」

 花応はジョーに振り向くや、ジョーの返事を確認する間もなくビーカーをその嘴に突っ込んだ。

「グワッ! 花応殿! これ、人に向けていいものじゃないって、言ってたやつペリ! 水鳥の嘴に乱暴に突っ込むのは、ありペリか?」

「仕方ないでしょ! そこら辺に捨てられないんだから、部屋に戻したのよ! 後、煙も解きなさい!」

 花応は続けてフタのついた濃塩酸と濃硝酸のガラスビンを、こちらも乱暴にジョーの嘴に突っ込んだ。

「グモ……ゲボ……水鳥使いが……荒いペリ……」

 ジョーがむせながらブツブツ呟くと、壁状に張られて煙が霧散し始める。

「雪野!」

 薄くなった煙を突き破り、花応は雪野の後を追って駆け出す。ジョーがその後に低空飛行で羽ばたきながら続いた。

 雪野の姿は煙の向こうにはなかった。

「雪野様、いないペリ」

「校舎の角、曲がったんでしょ」

 花応は走りながらその先に見える校舎の角を指し示す。いくらも走らないうちに、花応とジョーはその校舎の角に辿り着いた。

「雪野!」

 花応は校舎の角を曲がるや、雪野の背中を見つけてその名を呼んだ。

 雪野は校舎脇に立ち、学校の敷地と道路を隔てるコンクリート塀を睨みつけていた。

 校舎は二棟建て。その真ん中に連絡通路に挟まれる形で天草を正気に戻した中庭がある。

 連絡通路は校舎の最端についている訳ではなく、そこまで校舎の端から簡単な空間が空いている。生徒が休み時間に暇つぶしにボール遊びができる程度の小さな野外コートのような場所だ。その両脇には校舎に沿う形で生け垣状の植え込みが設けられていた。

 雪野はしばらくコンクリート塀を睨みつけると、今度はその険しい眼差しのまま連絡通路の向こうに見える中庭に視線を移した。

「逃げられたわ……」

 雪野がやっと追いついた花応に振り返る。

「何処に?」

「人の気配がそれなりに多過ぎて、耳を澄ませてみたけどよく分かんない……校舎の中に入って一般生徒に紛れたか、一気に壁を越えたかどっちかど思うんだけど……」

 雪野が悔しそうに下唇をかむ。

「仕方ないわよ、雪野」

「ペリ」

 軽く羽ばたいて着地したジョーが同意の為にか大きく頷く。そのまま雪野に向かって嘴を開いた。

「よくないわ。私だけならともかく、花応の顔も覚えられたはずよ」

 雪野はジョーの嘴に魔法の杖を突っ込んだ。雪野は腕ごとのその嘴の奥に手を突っ込んでいく。

「別に……私のことぐらい、どうとでもなるわよ。直接名指しで、呼び出された雪野の方が危険よ」

「まだ、私にだけ敵意を向けてくれるといいけどね。仕方がないわ、明日天草さんに詳しい話を訊きましょう」

 雪野がジョーの嘴から手を引き抜くと、その手から魔法の杖が消えていた。

「あの娘、話したがるの?」

「さあ? まあ、とにかく。助かったわ、花応。それにしても、花応がこんなに足が速いなんて、知らなかったわ。もう少しかかると思ったんだけど」

 雪野が引き抜いた手を軽く振った。唾液などはついていないが、水鳥の嘴に手を突っ込んだ以上それぐらいはしたくなるのだろう。

「はぁ? 何言ってんの? あんたと違って、そんなに早く走れる訳ないでしょ? 大通りに出たら、すぐタクシー拾っただけよ。行きも帰りもタクシーよ」

「ぐはっ! やっぱり、金持ちの娘なのね! 躊躇いもせずに、タクシー拾うなんて! それ以前にそんな手持ちのお金、私ならないわ!」

 雪野は先程までの険しい表情から、一転して表情を崩すと歩き出す。

「手持ちがなければ、カードを使えばいいじゃない? 何言ってんのあんた?」

 花応が雪野の後に続き、心底不思議そうな顔で友人の顔を覗きこむ。

「うぐ……ちょっと、今。花応との距離を感じたわ」

「そう? ほら、ジョー。もう消えなさい」

 花応は本当に分からないという風に首を捻り、ジョーに向かって手で追い払う仕草をしてみせた。

「ひどいペリ」

 ジョーは渋々といった感じで羽ばたき出すと、コンクリート塀の向こうに飛んで行く。

 花応と雪野が校舎の向こうに消え、ジョーの姿も小さくなった。

「……」

 そして校舎脇の植え込みが微かに揺れた。

「やれやれ……やっと行きやがった……」

 植え込みが更に大きく揺れると、そこから男子生徒が一人立ち上がった。どうやら植え込みの向こうに隠れていたらしい。

「息を殺して隠れるのは……得意でね……」

 男子生徒はそう誰にとはなく呟くと、膝を直角に曲げて足を大きく上げた。植え込みを乗り越えんと、そのまま男子生徒は大きく足をその反対側に差し出す。

「破れちまったな……替え、あったかな……」

 その時に目に飛び込んできた伸ばした足先を見て、男子生徒は更に呟く。

 見れば制服のズボンの裾に穴が空いていた。

「ま、商売道具が無事ならいいや」

 男子生徒は最後にそう呟くと、その懐からコンパクトカメラを取り出した。

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