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十二、反せし者 58

 数日後――


「ほら、早く! 学校、遅刻するぞ!」

 朝日に光輝く清らかな川の水面。その川べりを吊り目の少女が目を輝かせ振り返った。

 制服姿のその少女は川べりに居合わせた誰よりも明るい笑顔を浮かべていた。

 数日前までの少女からは想像もできないような嬉しそうな笑みだった。

 朝の散歩や通勤の途中の男女が思わず釣られてその姿に振り返った。

 少女は連れ立って歩くもう一人の少女を振り返りつつ、後ろ歩きでその川べりの道をいく。

「しょうがないでしょ? まだこの制服……着なれないんだから……」

 その少女とよく似た吊り目を、後ろの少女が不服そうに細めた。

 顔も背丈も前をいく少女によく似ている。

 こちらの少女も同じ制服に身を通していた。

 よく似た姿で同じ制服に袖を通した二人が、対照的な表情で川べりの道をいく。

「彼恋、お前朝起きるのも遅いぞ。ここはお姉ちゃんととして。きっちり怒るところか?」

「花応……あんたが、毎日夜更けまで話しかけてくるからでしょ……こっちは毎日寝不足よ……ふぁ……」

 花応が立ち止まり大げさに両の手の甲を腰にやると、彼恋は気にした様子も見せずにあくびをかみ殺す。

「ただでさえ、ペリカン同居のやかましい部屋だってのに……」

 彼恋は立ち止まった花応に追いつく。

 そのついでに背後を振り返ると、

「ペリ!」

 白い羽をしたペリカンが二人の後ろに着いてきていた。

 ペリカンは暢気にその水かきのついた足で人間臭く歩いて二人の背中を追っていた。

 水鳥らしい白い羽のついた両の翼で学生カバンを二つ抱えている姿が更に人間のような印象を与えた。

 ペリカンは二人に応えるように右の翼を上げる。そしてその動きでバランスを崩した。

 左の翼で抱えようとしたカバンがその胸の中から落っこちそうになる。

「ジョー! カバン落っことしたら、ひどいからね!」

 その様子に花応が吊り目を釣り上げった。

 花応も彼恋も二人とも手ぶらだった。ペリカンにカバンを押し付けて登校しているようだ。

「ペリペリ! ひどいペリよ、花応殿! 何故、ジョーが荷物持ちペリか?」

 二人分の学生カバンを落としかけたジョーがなんとかその場でこらえる。

「いい、ジョー? あんたがこっちの世界に来た目的は果たしたんでしょ?」

 その様子を確かめた花応が、今度は彼恋と並んで再び歩き出す。

「そうペリよ、花応殿。ジョーは立派に仕事を果たしたペリ」

 二人の後ろをついて行くジョーは長い首をやはり人間のように何度もうなづかせる。

「じゃあ、あんた無職じゃない?」

「ペリ! 無職ではないペリよ! 不思議生命体はマスコットキャラペリ! 居るだけで、それが存在意義ペリよ! お仕事ペリよ!」

「るっさいわね、そんな美味しい仕事なんて、ある訳ないでしょ! あんたがまだ帰りたくないっていうから。お情けで部屋に置いてやっるのよ。荷物持ちぐらいしなさいよ」

「だったら、学校に着いてから、嘴から出すペリよ! その方が楽ペリよ!」

 ジョーが嘴を大きく広げて抗議の声を上げた。

「はぁ? あんたのツバついたカバンで、学校に行けっての?」

 抗議に反論したのは彼恋だった。彼恋はその特徴的な吊り目を軽蔑に細めてジョーに振り返る。

「ツバはつかないペリよ! 何度も皆、便利に利用してたペリよ!」

「うるさいわね、ジョー。余剰次元ポケットなんて、そんな非科学なこと。そう何度も、私の前でさせるもんですか」

「花応殿は都合よく、何度も使ってたペリよ!」

「あら? 朝から元気ね?」

 ちょうど橋のところまで来るとその橋の欄干に腰掛けてた女子生徒が居た。

 きっちりと校則通りと思しくスカートの丈に身を包んだ少女が二人と一匹を笑顔で出迎える。

「聞いてくれ、雪野! ジョーが相変わらず生意気なんだ!」

 花応は雪野の姿を認めると一人そちらに向かって駆け出した。

 その距離はわずか数歩分だったが、花応は我先にと雪野に駆け寄る。

「挨拶が先でしょ、花応。おはよう、雪野さん」

 すぐに追いついた彼恋が雪野に軽く会釈する。

「おはよう、彼恋さん。こっちの生活には慣れた?」

「まあね。うるさいペリカンと、姉以外はね。ふぁ……」

「ああ、彼恋! お姉ちゃん、傷つくぞ!」

 彼恋の言いように花応が抗議に目を吊り上げる。

「実際うるさいでしょ? 昨日も眠れなかったじゃない?」

「いや、だがそれは彼恋が〝ビックリップ〟と〝ビッククランチ〟とでは、宇宙の終焉としてはどちらが科学的か――そう議論を持ちかけてきたからじゃないか?」

「私は明日のランチは何にするかって訊いたのよ。それをあんたが唇に合うランチがどうのとか、言い出して。リップとランチなら、宇宙の終焉の話だなって。勝手に宇宙話に膨らませたんでしょ? おかげで私の睡眠時間はしぼむ一方よ。ふぁ……」

「宇宙の終焉の話だぞ、彼恋。膨らむのか、しぼむのか? それはとても大事だ」

「はいはい……」

「はは……」

 呆れた笑みを半目で表す彼恋と、困り顔に眉を垂らす雪野。二人はこの話は終わりとばかりに再び歩き出す。

「ああ! 真剣に聞いてないな二人とも!」

 その二人を花応が慌てて追いかけた。

次回5/8更新予定で終わります。

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