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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者13

「あら、早かったわね」

 雪野が煙の壁によじ登ってへばりついている花応に呆れた顔を向けた。

「ふん。早かったら悪い? また自分一人で、片付けようとか考えてたんでしょ?」

 花応が最後はずり落ちるように、物理的質量感のある煙から降りてきた。

「さあ?」

「とぼけて。ホント、一人で背負い込むんだから」

「別に。早めに倒せるのに、越したことはないだけよ」

 雪野は敵に向き直った。

 金色に輝く男子生徒は、新たな女子生徒の出現に油断なく様子をうかがっている。

「ふん。まあ、いいわ。とにかく先ずは、あの79番を何とかするのが先ね」

「79番って何よ?」

「金の原子番号に決まってんじゃない? 基本よ基本」

「あっそ」

 自慢げに鼻まで鳴らして答える花応に、雪野は更なる呆れ顔を向けた。

「それにしても、困っているようね」

「そうなのよ。叩いても、効かないし。炎も電撃もいまいちなのよね。科学的にどうにかなんない?」

「科学的に? 金は安定してるから、酸とかでも溶けないのよね」

「そうなの?」

「そうよ。そもそも金ってのは特別なの。日常では装飾品として重宝されてるけど、それはその科学的性質がもたらしてくれている特性のお陰なのよ。そのイオン化傾向の低さからくる輝きの眩しさからも、そして展性や延性の高さからの加工のしやすさからも、金ってのは昔から重宝されてきたわ。これは全て金の化学的性質のお陰。何より金はその化学的反応性の低さから、他の金属と比べて圧倒的に安定しているわ。身近な例で言うと、鉄のように錆びないのよ。光輝き、身近な装飾品に加工しやすく、何と言っても永遠不変のように安定している。言わば金属の王様として――」

 長々と話し出した花応にしびれを切らしたのか、男子生徒がアスファルトを蹴り一気に距離を詰めてきた。

 重厚な質量感を持った唸りを上げ、男子生徒はその金属と化した右手を殴りつけてくる。

「――ッ!」

 驚きに口を開けるのが精一杯の花応の目の前に、雪野がその身を瞬時に滑り込ませる。

「……この……」

 雪野はその敵の一撃を魔法の杖越しに受け止めた。

 だがその重い一撃に体が浮きそうになる。雪野はとっさに足に力を入れるや、アスファルトをするように相手の力を受け止めた。

「きゃっ!」

「花応! そこに居なさい!」

 全ての力を受け切れなかった雪野。最後は背中を花応に当てて姿勢を取り戻す。

「……」

 体重を乗せた攻撃を受け止められたと見るや、男子生徒はやはり無言で左右の拳を振り下ろしてくる。 

「く……この……」

 雪野は防戦一方だ。素早くはないが重いの一撃一撃。雪野は両の手に持ち直した杖で、その攻撃を己の身の前で防ぐ。

 しかしその杖を持った手は、重い一撃を受け止める度に放してしまいそうになる。

「――ッ!」

 そして男子生徒が繰り出した右の足の蹴りを、雪野は受け止め切れなかった。

 左の腿に蹴り上げられた足の甲。雪野の体は反射的に横にくの字に曲がってしまう。

 雪野の体の向こうから花応の体が覗き見えた。

「ジョーッ! きなさい!」

 花応は何かを掴まんとしてか、指を力いっぱい拡げて左手を後ろに伸ばしていた。

「ペリッ!」

 煙幕を続けて張っていたジョーが、慌てたようにその左手に向かって嘴を開く。

「何する気?」

 雪野が上体を整え直した。そして間髪を入れずに打ち込まれてきた相手の拳を杖で押し返す。

「金が何よ! 確かに、叩いても伸びるだけ! 中途半端な炎も電気も効かないでしょうね! どすどす殴ってくれちゃって! 比重も高いから攻撃も重いってこと? そんな疑似科学! 科学の娘たる私の前でひけらかさないでくれる!」

 花応がジョーの嘴に左手を突っ込んだ。

「その上化学的反応性も低いから、酸をかけても溶けない! まさに金属の王様! そう、たとえ濃塩酸でも、濃硝酸でも、あなたを溶かすにはいたらないでしょうね!」

 直ぐに花応はジョーの嘴から左手を引き抜く。その指先に二本のガラスビンが挟まれていた。

 雪野が相手の攻撃を凌ぐその後ろで、花応は自信満々にその二本のガラスビンを前に突き出して見せつけた。

「でもね――王と呼ばれる物質は、金とだけじゃないのよ!」

 花応が今度は右手を、左手と交差されてジョーの嘴に突っ込んだ。今度取り出したのは何の変哲もないガラスのビーカーだ。

 花応が片手で器用に二本のガラスビンを開けると、その中身をビーカーにそれぞれに注ぎ始めた。

 無造作でありながら、滑らかなその手つき。花応はこの手の作業に慣れているのだろう。

「多くの物質に反応しない永遠不変のような金属の王様でも、この液体には反応するわ! 濃塩酸と濃硝酸を体積比3対1で混ぜたもの! そう、その力故に人はこれを王の水――王水と呼ぶわ! 雪野!」

「――ッ! ヤッ!」

 防戦一方だった雪野が、花応に名を呼ばれてその足を蹴り出した。

 男子生徒の胸元に足の裏を蹴り込み、雪野は渾身の力で相手の身を後ろに押し戻す。

「食らいなさい!」

 雪野と男子生徒の間に距離ができた。そうと見るや花応は、雪野の脇から身を乗り出した。

 二種類の酸を混ぜたビーカーの中身を、花応は相手の足下を狙って勢いよくぶちまける。

「……」

 男子生徒は無言のままだが、慌てたように後ろに身を飛び退いた。

 アスファルトにぶちまけられた酸が、煙を上げてその表面を溶かす。

 そして僅かに飛び散った液体が、男子生徒の金と化した制服のズボンにもかかっていた。

 雪野の攻撃にもへこむだけでダメージを受けたように見えなかったその金の体。それがアスファルトと同じように僅かに溶けて形が変わっている。

「今度は、本気で体を狙うわよ」

 ビーカーに追加の酸を注ぎ混ぜながら、花応は雪野の横に並びその中身を見せつけるように目の前で振ってみせた。

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