十二、反せし者 56
とりあえずジョー。あんたはどっか行ってなさい」
花応が足音に振り返りながらジョーに告げる。全速力で駆けてくると思しきその足音は遠くから聞こえてきた。
それは大人の足音のようだ。他生徒の居ない校舎の端から轟いてくる。
「ジョーがいないで、大丈夫ペリか?」
ジョーが雪野に撫でられながら花応に振り返る。
その首はどこまでも力強く雪野に撫でられようとめいいっぱい上に伸ばされていた。
「あんたがいて、何の役に立つのよ? ほら、早く行く」
「今日は頑張ったペリよ。もう少し撫でてもらってからペリ」
「あんたね……」
「それにしても……ブーツの足音だな。消防か? はたまた警察か?」
宗次郎も背後に振り返るとわざとらしいまでに眉間に大きくシワを刻む。
遠くから聞こえてきた足音は、次第に大きくなっていく。
それにつれて何やら呼びかける声も聞こえた。
「まあ、この騒ぎならね……消防か、警察まで来るわね……」
雪野がジョーの頭を撫でてやりながら宗次郎にうなづいた。
「自衛隊は、こないッスか?」
速水が興奮を隠しきれない様子でその細い目を前に向けた。
「はぁ、あんた。わたしの経歴に、どれだけ傷つけたいのよ」
その横で彼恋が吊り目を横目にして睨みつけた。
「だから彼恋。お前はこの学校の生徒じゃないだから、適当にごまかせばいいだろ?」
「だからね……平日に高速鉄道使って……わざわざとんぼ返りした意味を考えなさいよ……」
「ん?」
「たく……その鳥に用事もいいつけてたでしょ? まだ分かんないの……」
少し顔を赤らめて視線をそらす彼恋。彼恋は逃した視線をすぐに花応に戻すが、またすぐ様逃げるようにそらしてしまう。
「ん? ジョーが何だ? 何の用事を頼んでたんだ?」
まさに視線が泳ぐ彼恋の吊り目を、花応が同じような吊り目を軽く見開いて追いかけた。
「ちょっと調べたら、書類が必要だったのよ。ネットで手続きを調べたら、紙の書類が要るって。時代遅れよね。軽く腹が立ったから、鳥にお使いを頼んだのよ」
「ん? うちの学校の書類が要るのか? それなら、お姉ちゃんが、もらってきてやったのに」
「それじゃ、サプライズにならないでしょ? まあ、散々驚かさせたのはこっちって話だけど……」
「ん? 『サプライズ』? 何の話だ、彼恋?」
花応が大きく首をひねると、
「おい! 大丈夫か?」
ようやく足音の主が階段の向こうから現れた。
「さて、ジョー……行きなさい……」
雪野がジョーの頭を大きく撫ででから手を離した。そしてジョーが開けた口に魔法の杖を押し込む。
ジョーは雪野にうなづくと同時にその杖を喉の奥へと呑み込んだ。
「ペリ……」
ジョーはそのまま開いていた窓に向かっていく。一、二歩水かきのついた足でペタペタと廊下を駆けると、そのまま羽を羽ばたかせてふわりと浮いた。
ジョーの体は滑るように窓の向こうに消える。
「今のは鳥か? いや、鳥以前にこの騒ぎは何だ?」
教師の一人が時坂の前に駆け寄る。他の大人たちは消防隊員達だった。
それぞれが毛布を手に花応や雪野たち駆け寄る。
「いやですね、先生――防災訓練ですよ。ねえ、千早さん」
時坂が教師に答えながら雪野に振り返る。
「ぐ……」
消防隊員に毛布をかけられながら雪野が唸った。
「いつものように頼むよ……」
時坂が顔を近づけ小声で雪野にささやく。
「無茶振りをささやいてくれますね……時坂先輩……」
「こんなささやきなら、別にいいだろ? それに君は僕の希望の光だ……この状況もなんとかしてれるだろ……」
「いつも通り……それは、ごまかしますけど……」
「地球を救うよりは、簡単だろうしね……」
時坂が茶目っ気たっぷりに笑うと、
「分かってます……」
雪野は反対にげんなりと額に手をついて応えた。
「お前たち……何を話してる? 防災訓練なんて、聞いてないぞ」
二人の会話に教師が苛立たしげに割って入った。
「ええ、そうですね、先生……さて……」
雪野が軽く目を伏せるとその瞳に妖しいまでの光が宿った。
その魔力をはらんだ視線が大人たちを捉える横で、
「だから、サプライズって何だ、彼恋?」
「ホント、鈍いわね。この姉は……」
「いや、お姉ちゃん、本気で分からないんだが」
花応と彼恋はのんきに互いに毛布を肩にかけあっていた。
そろそろ終わらせます。