十二、反せし者 50
「――ッ!」
雪野が張り裂けんばかりに目を剥いて時坂に飛びかかる。
振り下ろされた魔法の杖はその切っ先がしなやかな生き物に見える程、鋭く振り下ろされた。
杖そのものが妖しい光に包まれている。それは雪野の目に今燃えるように浮かぶ赤い色と同じものだった。
雪野の魔力が乗り移り、それ自身が生命のようにしなる杖。それは雪野の怒りをそのまま表していた。
だが、感情の爆発のままに振り下ろされたその杖は、非科学に呼び出された科学的作用によって迎え撃たれる。
「対消滅……」
小さくつぶやかれ、高らかに鳴らされる指。
それと同時に雪野の杖の先で閃光が走る。
ロケット弾を迎撃するミサイルように、高速で迫りくる攻撃にわずかな点で合わせてその閃光は瞬いた。
「ぐ……」
雪野の指先に鈍い衝撃が走る。
振り下ろした杖が爆発に押し戻された。
震える杖が鈍い音を立てる。
雪野の腕が骨ごときしむ音まで聞こえてきた。
だが雪野は一度は弾かれた杖を水平に角度を変えて再びふるう。
「――ッ!」
今度も迎えたのは爆発と閃光だった。
雪野の一撃はやはり対消滅の急激な反応に阻まれる。
雪野の杖はきしみ細かく震えながら押し戻された。もちろんその杖に連なる雪野の腕も強引に反対に曲げられる。
またもや骨まできしむ音がした。
「どうだい? 僕も強くなっただろう?」
「ええ、反転してるだけの芸だと思ってましたけどね!」
雪野はそれでも魔法の杖を繰り出すことをやめなかった。
右に左に、上から下から。角度を変えて次々と杖を繰り出す。だがそのたびに時坂の指が鳴らされ、その杖の切っ先に対消滅の爆発が現れる。
「ひどい、言い草だ」
「防戦一方でしょう! 十分です!」
「君も、防がれてばかりだ」
「く……そこを退いてください!」
雪野の手が一瞬止まり、その視線が時坂の背後の花応に泳ぐように揺れながら向けられた。
「おや、心配かい! 後ろの娘が!」
その目を覗き込むや、防戦一方だった時坂が自らの攻撃に転じた。
時坂が雪野の攻撃の一瞬の隙をついて不意にその右手を前に突き出す。
右手はまっすぐ雪野の眼前に突き出された。固く合わされた親指と中指がすぐにでも鳴らされるように結ばれている。
そしてそれは実際すぐに鳴らされた。
雪野の眼前で閃光が瞬く。
「――ッ!」
雪野はとっさに杖を顔の前に戻していた。不可視の力が雪野の眼前を覆い、その閃光がもたらした爆発を寸前のところで遮る。
「おやおや! 非科学だね!」
閃光が連続して起こった。
時坂が容赦なく指を鳴らし、雪野に爆発が襲いかかる。
だが雪野も一瞬の爆発の晴れ間を利用してその杖を相手に振り下ろしていた。
爆発が周囲の廊下のガラスを割り容赦なく外に向かって吹き飛ばす。
校舎の外から生徒と教師の悲鳴が小さく聞こえてきた。
「あなたに言われたくは――」
「僕のは、科学だよ! あの娘が証言――」
「その娘をあなたは――」
「ふふ! 気ばかり急いて――」
「何を――」
「あの娘がそんなに大事――」
「どきない!」
二人は互いの言葉を最後まで聞くことなく攻防を繰り返した。
攻めと守りが交互に瞬時に入れ替わり、互いに最後まで言葉にすることができない。
杖の乱舞と閃光の瞬きだけがその数を増やしていった。
二人がぶつかるたびに閃光が瞬き、廊下は今や光の坩堝と化していた。
「わざとか……」
そんな様子を見て宗次郎が不意に呟く。
宗次郎は横になった少女の肩を固く抱き、その顔だけは目を離せない様子で二人の攻防に向けていた。
「時坂の奴……わざと、千早を怒らせてるのか……」
宗次郎は己の考えにふけりすぎたのか、ぎゅっと指を立ててその肩を掴んでしまう。
「痛いわよ……」
その手元でぽつり呟く少女の声がした。
「――ッ! 桐山! 無事か?」
驚きに目を見開いて宗次郎が己の手元を覗き込む。
宗次郎の腕の中で花応がその自慢の吊り目をゆっくりと開けているところだった。
その様子に更に宗次郎は手に力が入ってしまう。
「痛いって言ってるでしょ?」
「ああ、すまん!」
「どうなってるの? 彼恋は無事? 雪野は? あんたは、大丈夫そうね? ああ、速水さんは元気でしょうけど?」
花応がゆっくりと体を起こそうとした。体を起こしながら目を凝らし、雪野の攻防とその向こうの彼恋達の様子を確かめようとする。
だが二人の攻防が起こす光に溢れた廊下は、今やその向こう側を見通すことは難しい。
閃光だけが生まれては消えてそこに居る人間の視界を奪う。
「いや、まずお前だろ! 大丈夫なのか? あの爆発をまともに食らったんだろ?」
「食らったわ……目の前で……ええ、目の前でね……」
花応が宗次郎の腕の中で上体だけ体を起こした。
「あんの野郎!」
「落ち着きなさいよ……」
「落ち着いてられるかよ! お前、爆発食らわされたんだぞ!」
「目の前で爆発しただけよ。ええ、直接ぶつけられた訳じゃないわ……」
「何? 何が違うんだよ、桐山?」
「危害を加えるつもりじゃなかったってことかな……流石に気を失ったけど……」
「それでもな、お前! あっ……」
宗次郎が雪野と時坂に振り返る。
そこでは雪野と時坂が一瞬も気の抜けない攻防を繰り返していた。
だが時坂の攻撃は雪野の目の前だけで爆発していた。
「相手を倒すためなら、もっと至近距離で対消滅させるはずよ……」
同じ様子に目を凝らし、花応がぽつりと呟く。
「じゃあ、やっぱりか? 時坂は千早を怒らせるのが目的か?」
「『怒らせる』? そうね……怒らせた果てにあるのは……」
花応が床に腰を落としたままじっと雪野と時坂の攻防を見つめる。
「無理ですよ……時坂先輩……あなたの望みは叶いません――」
しばらくその閃光瞬く激しい戦いを見つめた花応は、
「いくら雪野が、光の魔法少女だからって……」
最後はすっと視線を落として呟いた。
次回の更新は2/27以降を予定しています。
間違えて他のシリーズの内容を、一度上げてしまいしまた。
20日にあらためて更新しました。