十二、反せし者 46
時坂の指が甲高い音とともに鳴らされる。
それは気負うような力みもなければ、戸惑いよる歪みもない。
ただただ鳴らす為に鳴らされた。やはり砲弾を撃ち出すかのような感情を押し殺しての一撃だった。
高らかに鳴らされた音は戦果のような力をもたらす。
雪野の目の前で閃光が瞬いた。
「――ッ!」
それは爆発を伴う光だった。
雪野が堪らず目を閉じると爆風がその皮膚を襲う。
雪野の髪は千々に乱れて巻き上げられ、皮膚は風に引かれて引きつった。
爆風にあおられた体はそれでもその場に踏ん張ろうとし、上半身だけが大きく後ろに仰け反る。
風に巻かれた髪と皮膚と、その場に踏ん張ろうとする筋肉の力み。その全てが雪野の端正な顔を歪ませた。
「雪野!」
至近距離で起こった爆発に花応が堪らず雪野の名を呼ぶ。
「く……」
雪野は花応に応えることもできずに首を左右に振る。
まとわりついた髪と歪んだ皮膚の痛みをそれを振り払おうとしたのか、雪野はしかめっ面で左右に激しく顔を振る。
だが危機感と経験がそうさせるのか次の瞬間にはすぐに目を剥くように見開いていた。雪野は目を剥くや否や背後に振り返る。
雪野は苦痛に歪んだ顔に浮かべた、力の限りに剥いた歪んだ視線で時坂の姿を探す。
だが己の背後をとっていたはずの時坂の姿はそこにはなかった。
「おやおや、美人が台無しだ」
時坂の声は廊下の反対側から聞こえて来た。
「ちょっと……」
「ちっ……こっち来るじゃないッスよ……」
それは彼恋と速水の前だった。
彼恋が速水の背中に隠れ、その速水は彼恋をかばうように立つ。
「おや、嫌われたもんだ」
「好かれてると思ってたッスか?」
「いや、別に。君とは所詮取引だけの関係だ」
「ふん。言われたことはやったッスよ。自分はもう満足ッス」
速水が細い目を苦々しげに更に細めた。
「雪野! 大丈夫なの?」
「花応! そこに居なさい!」
廊下の向こうからは雪野と花応の呼び合う声が聞こえてくる。
「ああ、ありがとう。お陰で僕は、自分の望みが叶いそうだよ」
「ふん……」
時坂の顔に一瞬浮かんだ笑み。その笑みに速水が拒絶も露に鼻で息を鳴らした。
「ふふ、軽蔑といった感じだね」
「これは失礼ッスね。本音が顔に出るタチッスよ、自分」
「僕に言わせてもらえば、君の方が軽く感じるよ。ただかまって欲しかっただけのようだ。君の負の感情は」
時坂がじっと廊下の向こう見つめる。
視線の先では雪野が廊下の中央に立つ姿が見えた。
魔法の杖を下に向けてぶら下げ、それでいて突き刺すように持ちながら雪野がゆらりと立っていた。
目の前での爆発が尾を引いているようだ。雪野はまずはその場に立ち止まり時坂を鋭く睨みつけていた。
「何か悪いッスか?」
「いいや。人の思いは人それぞれさ。僕には僕の願いがあるようにね」
「大した願いだといいッスけどね。これだけの騒ぎを起こして」
速水がそう口にすると廊下の窓から外を覗き見た。
窓の向こうの眼下では生徒たちがグラウンドに集まっていた。
教師が声を枯らして怒号めいた指示を出している。だが校舎で起こっている異常事態に逃げ惑うように避難してきた生徒たちは誰もその指示が耳に入らないようだ。
女子生徒たちは互いの肩を抱き合って震え、男子生徒たちは興奮も隠せない様子で口ぐちに怒鳴り合っていた。
「生徒会長の出番ッスよ」
「放っておいていいよ」
「そうッスか。こっちもお構いなくッス。ほら、愛しの魔法少女様がこちらに向かってくるッスよ」
速水がアゴで前方を指し示す。
爆発の衝撃から立ち直ったのか、雪野はゆっくりと一歩前に踏み出していた。
「ああ。あの鬼気迫る表情。懐かしい。あれこそが僕の知っている千早雪野だ」
「何? あんなのがいいの」
「そうらしいッスよ、彼恋ッチ。変態ッスよ、この生徒会長」
己の背中から顔だけ出した彼恋に、細い目の少女は更に目を細めて答える。
「おっかないだけじゃない」
「こればっかりは、本人の趣味ッスからね」
速水が肩まですくめて応える。
だが時坂は彼恋と速水の視線の先――
「いやまだ足りない……もっと彼女はあの時怒り狂っていた……」
雪野の更に後ろにいる花応の姿見て呟いた。
次回は1/30の更新予定です。