十二、反せし者 44
「何だ! こりゃ!」
宗次郎が爆煙の中、花応の頭を胸に抱きかかえてその身を守った。
時坂の両手は止むことを知らなかった。
時坂が両手の指を鳴らす度に花応達の周辺で閃光が起こり、爆音が轟いた。
「桐山! こっちだ!」
時坂と教室の窓を隔てて対峙してた花応。その花応を時坂から少しでも引き離そうと宗次郎がその身を廊下の窓へと引いていく。
「河中! そのまま、花応を守って!」
次々と爆発する衝撃音の向こうから雪野の叫びが聞こえた。
「彼恋ッチ! 大丈夫ッスか?」
「ええ、今のところはね……」
こちらは遠く廊下の向こうから聞こえた。
爆発の閃光と煙の向こうに速水の背中に守られた彼恋の姿がうっすらと浮かぶ。
「速水さんが、離れた! 私もそっちに!」
未だ爆発の絶えない廊下の真ん中で閃光に照らされながら雪野が振り返る。
「ペリ!」
教室の中のジョーが闇雲に飛び回って逃げ惑った。
「花応! 大丈夫?」
雪野が爆煙を振りほどくように花応の前に戻って来た。
「だから、おちおちペンギンも見てられないって言ったのに……」
花応は宗次郎に頭を抱えられながらその吊り目を腕の隙間から光らせる。
「『ペンギン』が何ですって?」
雪野が教室とは反対側まで来ていた花応をかばうように立つ。
「ペンギンよ。『ペンギン過程』。『ファインマン・ダイアグラム』。これは素粒子の振る舞いを図で表して、私達に分かりやすく教えてくれるわ。そのファインマン・ダイアグラムの一つに、ペンギン過程っていうのがあるのよ」
「あれか、桐山。お前が、水族館ではしゃいでいたやつか?」
「そうよ、河中。『ストレンジ・クォーク』が一時的に――」
「花応、それ? 今必要な話?」
雪野がじりっと足の裏を廊下に擦らせながら半歩後ろに退いた。
雪野の視線の先では教室の窓の向こうで時坂が両手の指を鳴らし続けていた。
「そうね。今はどちらかと言うと、『ペンギン崩壊』の方ね。『ダウン・クォーク』の方だわ」
「はい?」
話を止めようとした雪野が、それでもまだ話の続く花応に素っ頓狂な声で振り返る。
「宇宙が始まった時、世界には粒子と反粒子。つまり物質と反物質が同じ数だけあったはずだわ。それがそのままなら、世界は対消滅で何も残らないはずだったの。物質と反物質は出会えば消える。それが同じ数だけあるんだもの。消えてなくなるのは、理屈よね。でも、実際私達は生きている。この世界に物質があり、私達はそれを認識できる。世界は物質側だけでできている。では何故、物質と反物質の均衡は破れたのか? これが『CP対称性の破れ』というやつね。ではなぜ破れるのか? それを説明するのが、『小林・益川理論』。この理論はクォークかが三世代六種類あれば、CP対称性が破れることを説明するわ。CP対称性は1980年に、小林・益川理論は2008年にノーベル物理学賞の受賞理由に選ばれているわ」
「ああ、それで何だよ?」
宗次郎が話し続ける花応の頭を更に強く抱きかかえる。
「時坂先輩が生み出しているのは、反物質よ。物質と出会えば、光子を放って消滅するから、あんな風に次々と閃光を放って、爆発を起こしてるって訳」
「簡単に言うなよ、桐山!」
「仕方ないわよ。目の前で起こってるんだもの。じゃあ、他に科学的に説明できるの、河中?」
「いや、そこは不思議な力ってことで、いいじゃねえか! 俺はもっと危機感持てって言ってんだよ!」
「むむ……この恥ずかしい体勢は……あんたが守ってくれると、理解してるつもりなんだけど……」
花応がいくらも動かない頭で、目だけ視線を逃して呟く。
「いや、まあ……一応はそのつもりだが……」
「花応! いちゃつくのも! 科学的考察も後よ! 時坂先輩を止めるわ! そこに居て!」
雪野が魔法の杖を前に突き出して構えた。
「雪野!」
「時坂先輩! 何の狙いで、こんなことをしているのか知りませんが――」
「……」
時坂の手が雪野の言葉に不意に止まる。
「雪野! 違うわ!」
花応が雪野を止めようとしてか宗次郎の腕の下から手を伸ばした。
だががっしりと抱えられた花応は腕以外は動かすことができなかった。
「これ以上は、私がやらせません!」
雪野が杖の先の宝石と己の目を妖しく光らせてそう告げると、
「狙い……違うね……僕のこれは〝願い〟だ……」
時坂は両手の指を同時に鳴らした。
次回の更新は1/16日を予定しています。
4/10日の新人賞への応募に向けて、ペースを落とします。
申し訳ありませんがご了承下さい。
ペンギン崩壊などにつきまして、以下を参考にしました。
サイト
http://legacy.kek.jp/newskek/2008/marapr/Belle13.html
http://legacy.kek.jp/newskek/2005/julaug/Belle7.html
http://www.hepl.phys.nagoya-u.ac.jp/~iijima.nagoya/public_lect/orium4_proc.pdf