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十二、反せし者 43

「――という訳で。『超対称性』があれば、これを弦理論と合わせてこの世界の『次元』が、実は九次元だと導かれるのよね。それは無限に足し算をした果てに、マイナス1/12という答えを導く『オイラーの公式』を光子のエネルギーの式に入れた結果なのよ。これが超対称性と弦理論を合わせた超弦理論。凄いヒモの理論じゃないからね。超は『対称性』の方についているわ。この場合の対称性は『ボゾン』と『フェルミオン』を入れ替える対称性よ。ボゾンがさっきの力の粒子のグルーオンとかの粒子。フェルミオンがクォークとかの物質側の粒子。これを入れ替える力と物の粒子を入れ替えるから、超がつく対称性なのよね。まだ見つかっていないけど、世界のこの超対称性があれば色んなことがうまく説明できるの。でね――」

 花応の饒舌はしばらく止まらなかった。

「はは……」

「ふふ……」

 雪野と速水は止めた手を下ろして呆れたように二人してその様子に振り返っていた。

「でね――弦理論だけだと二十五次元になるんだけど、超対称性と合わせて考える超弦理論だと九次元だと決まるの。力学の『ニュートン方程式』も、電磁気力の『マクスウェル方程式』も、重力の『アインシュタイン方程式』も。本来次元の数は幾つもでもいいんだけど、超弦理論の九次元はきっちり九次元だと決まるのよね。不思議よね。でね。この超対称性と合わせて重力を考えた場合、今度は『超重力理論』が生まれてくるわ。これはアインシュタインの重力の考えに、ボゾンである『重力子』の『超対称性粒子』を加えて考えるのよ。これは次元が十次元あると私達に教えてくれるの。この九次元や、十次元に、〝ある次元〟を足して、最終的には世界は十次元や、十一次元だと考えられているわ」

「あのな……桐山……」

 花応の横に立っていた宗次郎が呆れたように額に手をやった。

「ある次元……」

 教室の中からは他の誰にも聞こえない程小さな呟きが漏れて来た。

「何よ、河中。今いいところなのに」

 実際花応の耳にはその呟きは届かなかったようだ。花応は頬を軽く膨らませて宗次郎に振り返る。

「いや、『いいところ』ってな……」

「何言ってるのよ、河中? いいところじゃない。ねぇ、彼恋?」

 花応が廊下の向こう側に居る彼恋に振り返る。

「世界に超対称性があるという考えるも、粒子をヒモだと考える弦理論も。まだそう考えるべきだというだけじゃない。まだ何も超対称性粒子は見つかっていないし、ヒモ状で粒子を観測したこともないわ。そもそも重力子すら見つかっていないじゃない? どれもこれも言わば仮説だわ。仮説と仮説を足してるのよ。もてはやすのはどうかと思うけど?」

「いや、彼恋。でも今のところ、ここまでしっかりと世界を説明できる理論は他にないだろ?」

「そうね。でも、やっぱり実際のところの証拠が欲しいわね」

「むむ……それにはもっと大出力の『粒子加速器』が必要ね。粒子の秘密を覗き見るできるぐらいの、大規模な加速器が欲しいな、彼恋」

「あのね、花応。そんなの何処に、作る気よ? 今ですら、国を跨いで円形リング這わせてるのよ。もうそんな場所、この地球にないわよ」

「むむむむ……ならいっそのこと……宇宙に――」

 花応が廊下の天井を――更にその上を見上げてると、、

「うるさい……」

 小さく震えた声がその独り言めいた声を断ち切った。

 天井の更にその先を見上げていた花応が、

「……」

 まずは目だけその声の主に振り返る。

「……」

 目が合ったのは憎悪に燃えた時坂の瞳だった。

「何ですか、先輩?」

 花応が視線だけでなく顔を下ろして時坂に向けた。

「桐山くん、君は僕の理解者だと思っていたよ……」

「はい? 私は確かに、あなたが何を望んでいるのか、分かったような気がしています」

 花応が体ごと時坂に向き直った。花応はゆっくりと時坂に向き合う。

「僕の望みは……」

「最後に残された〝ある次元〟――ですね?」

「……」

 時坂は無言だったが、そのまぶたがぴくりと痙攣して代わりに答えた。

「全てを反対にする力を手に入れても、〝それ〟は手に入りませんよ。光子を反光子とともに、いくら生み出しても同じです。光子の反対はやはり光子ですから。その次元はどうしようもありません。その次元をどうこうしようとするのは――非科学です!」

 花応がきっと自慢の吊り目を更に吊り上げ時坂の瞳を射抜いた。

「それは光子のやりとりが……通常とは反対の物質が……」

「ええ、時坂先輩。まるでその次元をさかのぼって、それは光子をやり取りしているように見えます。ええ。まるでそれは、次元を遡っているように見えます。『ペンギン過程』で有名な、『ファインマンダイヤグラム』で書いてみれば、そう見えます。ですがそれはあくまで、そう〝見える〟だけなのです。そんな力を手に入れても――」

「うるさい! それでも僕は!」

 時坂が花応の言葉を振り切るように両手を振り上げた。

 その両手は打ち鳴らす形に親指の腹が中指のそれに添えられている。

「あれは! 爆発するやつか?」

 宗次郎がとっさに花応の頭を抱えてその身をかばうと、

「この力で! 次元の限界を超えてみせる!」

 時坂が闇雲にその両手の指を鳴らし始めた。

 花応が宗次郎の腕の隙間からその両手を見上げると、


「反物質による……対消滅……そのエネルギー……」


 その吊り目の瞳の全てを覆い尽くすように閃光が瞬いた。

次回の更新は、1月9日以降を予定しています。


参考文献

『大栗先生の超弦理論入門 九次元世界にあった究極の理論』大栗博司著(講談社ブルーバックス)

『重力とは何か アインシュタインから超弦理論へ、宇宙の謎に迫る』大栗博司著(幻冬舎新書)

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