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十二、反せし者 41

「……」

 花応が無言で時坂を睨み返す。

 その拳は胸に打ちつけられてそこでぐっと握り締められていた。

 自らの力で握り込まれたその拳は、その力の入れ過ぎで甲は震え、指先は掌にめり込んでいた。

「お、おい……桐山……」

 宗次郎が花応と背後を交互に確かめる。

「……」

 花応は何か胸の痛みに耐えるかのようにじっと力を入れて固まり、

「く、この!」

「あははっ!」

 背後では一瞬も休まず雪野と速水の攻防が繰り広げられていた。

 周りの人間が逃げ去った廊下で二人は文字通り目にも止まらない攻防を、左右の拳と両足、そして杖で繰り広げている。

「ホントに、大丈夫なのか?」

 宗次郎が半歩横に移動して立ち位置を変えた。固まってしまった花応をその激しい攻防から守ろうとするかのように、宗次郎は背後の二人との間に立つ。

「ええ、河中……ありがとう。それにしても『万物理論』だなんて……」

「何だよ、それ? 桐山?」

「万物理論よ……既に統一された『電磁気力』……それに残された『弱い力』『強い力』『重力』を統一する理論……『弦理論』も、それに『超対称性』を組み込んだ『超弦理論』も、『M理論』も……全てが『神の数式』に至るにえ……Theory of Everythihg――『万物理論』……それを知る力を得られるのなら……悪魔の〝ささやき〟にだって、魂を売ってしまうでしょうね……」

「ふふ……」

 壊れた窓越しに花応と時坂が向かい合う。

 花応は挑むようにその吊り目を凝らし、時坂は何処か見透かしたかのようにその目を光らせていた。

「何を言ってるんだ、桐山……」

 後ろに取り残された宗次郎が花応の横顔を覗き込む。

「何って……万物の理論よ……そうよ……『カラビ―ヤウ空間』で『九次元』をコンパクト化することができるのなら……『オイラー数』は『クォーク』の『世代数』を三と決めて……そう、その『アップ』『ダウン』、『チャーム』『ストレンジ』、『トップ』『ボトム』の三世代を決めてくれて、私達の世界に実際クォークの世代が三だと分かり……」

 熱にうなされるように何事か呟き続ける花応。

「おい、桐山……」

 その横顔を宗次郎が息を呑んで見つめる。

「『トポロジカルな弦理論』ではその空間内で距離も測れず……異端と言われ、それでもその美しさが捨てられない十次元の『超重力理論』……それは『粒子』を『弦』ではなく『膜』と捉え……粒子を点でも紐でもなく、膜だとし……それでも『Dブレーン』はやはり粒子を膜に張りつく紐だと考えさせ……『閉じた弦』が『開いた弦』に見えるのは、それが『ブラックホール』の『事象の地平線』にあるからで……」

 花応は一人呟き続ける。

 その目には目の前の時坂にも何処にも向いていなかった。

 勿論背後の宗次郎や雪野達にも目もくれず、花応は一人、自身に言い聞かせるように呟き続ける。

「おいおい……」

「ふふ……」

 その様子に宗次郎は慌て、時坂は不敵に笑った。

「そうよ……ブラックホール内部は事象の地平線に張りついた開いた弦で分かるわ……そこに『重力子』が含まれていないから……ブラックホールの内部で起こっていることは、スクリーンのようにその地平線に写り込んで……」

「ふふ……どうやら桐山さんは、僕のささやきに乗ってくれるようだね……河中くん……」

 いつまでも一人呟き続ける花応の頭越しに、時坂が宗次郎に向かって呼びかける。

「何だと……」

「やはりあがらえないようだよ……桐山さんとて人の子……いや、本人曰く、科学の娘だったかな?」

「会長……てめえ……」

「あはは……僕を睨むのはお門違い……僕は彼女が望む力を、手に入れる手伝いをしただけさ……」

「何だと!」

「だって、言葉では否定していても、桐山さんは今……僕の〝ささやき〟に乗って、万物の理論を考えてくれている……力を受け入れた証拠じゃないか……」

「な……」

「科学の娘として、今。万物の理論を、解き明かそうとしてくれている」

「お、おい! そうなのか、桐山?」

 時坂の言葉に宗次郎が前に身を乗り出した。

「そうよ……あの理論と、あの理論を組み合わせて……」

 花応はその宗次郎も目に映らない様子で呟き続ける。

「どうやら、自分の力に酔いしれているようだ」

「桐山……」

「ははっ! さあ、桐山くん! 僕の〝ささやき〟を受け入れて! 僕の望みを叶えてくれ!」

 時坂が勝ち誇ったように両手を掲げた。

「僕の望みを叶えてくれるのは! 言わずとも察してくれた君だけだと思ったよ!」

 花応の眼前で時坂が声を張り上げるが、

「あの理論が導く先に……」

 その花応は相手のことが目にも耳にも入らないかのように呟き続ける。

「……」

 そして不意に花応が沈黙した。

 握り締めた拳は未だ胸の前にあり、そこで小さく結ばれている。

 だがその拳から力が抜けていた。

 自然体で握られたその拳が、花応が何かの結論をそこに握り締めているかのように閉じている。

 その特徴的な吊り目も静かに閉じられていた。

 何かを悟ったかのようなそのまぶたは、内に秘める瞳をその薄皮の後ろに隠している。

「さあ! 桐山くん! 僕の望みを! 万物の理論からもたらされた答えを――」

 沈黙した花応に時坂が喜色もあらわに手を伸ばすと、


「はぁ? 非科学ですよ――」


 その花応は目を開くや否やそう告げた。

今回の理論全般に関しましては、以下を参考にさせて頂きました。


『大栗先生の超弦理論入門 九次元世界にあった究極の理論』大栗博司著(講談社ブルーバックス)

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