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十二、反せし者 39

「ははっ!」

 速水がけたたましい笑い声を上げながら雪野に突進していった。

 その笑い声は今まで陰気なものを含んだ歪んだものではなく、腹の底から出て真っ直ぐ届いてくるかのような声だった。

「――ッ!」

 対して雪野は無言で待ち構える。

 その目の奥に写る速水の姿は一瞬で瞳に大写しとなった。

 最後は雪野の眼前に突きつけるように迫った速水。雪野の瞳の中で、速水の細い目が何処か楽しげに細められる。

 それと同時に速水が左右の手を同時に突き出した。

 速水が勢いに任せて掴み掛かってくるのを、雪野が杖と手でその両手をとっさに突き出し防ごうとする。

 だが速水の一旦ついた勢いは止まることを知らなかった。雪野はその衝撃に負けて、上履きのつま先で廊下をすりながら後ろに滑るように下がっていく。

「あははっ!」

「この!」

 初速の勢いのままに掴み掛かって来た速水に、それを足の摩擦で止めようとする雪野。雪野は上履きのゴム張りの靴底を床に押しつけながら後ろに滑っていった。

「雪野!」

 気づいた時には速水が掴みかかっていたのか、二人が後ろに滑っていった後に花応が慌てて振り返る。

「桐山! こっちだ!」

 そんな花応を宗次郎が肩を掴んで廊下の端に寄せさせた。

「この!」

 雪野がようやく速水の勢いを殺して止まる。その頃には雪野の上履きのそこからゴムが焼ける匂いが漂っていた。

 花応達を遠くに残して止まった二人は、額もこすれんばかりに突きつけあわせて互いの瞳を刺すように覗き込む。

「はは! 楽しいッスね!」

 速水が細い目の奥を光らせて雪野の瞳を覗き込むめば、

「ええ、そのようね!」

 雪野はその瞳を内から輝かせてその視線を受け止める。

「これが、あなたのしたかったこと? 速水さん!」

「そうッスね! 今となっては、そうかもと思うッスね!」

「じゃあ――おめでとう!」

 雪野が一気に肩に力を入れて両手を前に突き出すと速水をはね除けた。

 相手を突き放した雪野は、それと同時に杖を左右にふるう。

「どうもッス!」

 速水が雪野の反撃を自らも後ろに飛んでかわした。

 かわされたと見るや今度は雪野が廊下を蹴って前に出る。

 雪野は前に出て速水を追いながら、矢継ぎ早に魔法の杖を左右にふるった。

 だがその杖は速水の体にかする寸前で空を切る。

「はは! 当たらないッス!」

「この!」

 空を切る杖の先端の宝石が妖しい光を不意に放った。

 宝石の光は妖しいそれから、激しい滅滅を伴った光にすぐに変わる。

 明滅が激しいのはそこに閉じ込めておくのが難しいからなのかもしれない。雪野は杖の先から小さいが、一条の稲妻が振られる勢いのままにほとばしる。

「キャッ!」

 ちょうど廊下の端に避難していた目の前で瞬いた光に、花応が小さな悲鳴を上げる。

「おっと!」

 何処かふざけた声を出しながら、杖の先端から放たれた小さな電撃を速水が後ろに仰け反って避けた。仰け反った勢いで速水は更に後ろに下がっていく。

「桐山、もっと下がってろ!」

 宗次郎がその様子に花応の肩を背後から更に引いた。

 花応と宗次郎は今や教室の窓を背に廊下に立つ。

「む……何、どさくさに紛れて、肩触ってんのよ?」

 肩を掴んで強引に下がらされた花応がむっと頬を膨らませて宗次郎の前から離れた。

「ああ、ヒドい言い草だな。とにかく、下がってろよ」

「ふん」

 宗次郎に鼻で応えながらも花応が窓を背に立つ。

「……」

 その窓の向こうには教室に残っている時坂がじっとその背中を見つめていた。

「下がってて、花応!」

 宗次郎に肩を引かれた花応の目の前を雪野が駆け抜けていく。

「おっとと!」

 そして仰け反って後ろに下がった拍子によろめいたのか、速水はたたらを踏みながら下がっていく。

 だがそのよろめき方は何処かわざとらしい。

 速水は大げさなまでに足を左右に前後にもつれさせると、

「何やってのんよ……」

 最後は廊下に残っていた彼恋に背中を支えられて止まる。

「ただいまッス!」

「『ただいま』じゃないわよ。重いわよ……てか、真面目にやんなさいよ」

 速水は完全に彼恋に背中を支えられてその身を止めた。今は支えられていないと真っ直ぐ立ってられない程、傾いた姿勢で彼恋に背中を預けている。

「……」

 その様子に雪野が追う足をひとまず止めた。

「いや、そういうの。苦手ッスね」

「さっきまで、深刻な顔で全世界を敵に回したような顔してたくせに」

「そうだったッスかね? もう忘れたッス」

 暢気な声で応える速水は、まるで自宅の部屋でソファーに体を預けるかのように彼恋に寄りかかり続ける。

「アホね……ホント、バカね……」

 今や全体中を速水に任された彼恋が苦しげに唸って応えた。その細い二つの腕がぷるぷると震え出してまでいた。

「はは! それだけが取り柄ッスよ!」

「じゃあ、その自慢の考えない頭で。ちゃっちゃと終わらせて来なさい!」

 彼恋が力を振り絞って速水の背中を押し出した。

「オッケーッス!」

 その力で上体を起こし直した速水が再び廊下を蹴る。

 拳を突き出す速水に、杖をふるう雪野。待ち構えて雪野と速水が廊下の真ん中で幾度目かの攻防を始めた。

「とっとと、終わらせなさいよ……」

 その様子を見て呟く花応。

 その花応の背中にすっと影が落ちた。

 影は窓からその身を軽く突き出すと、


「……」


 花応の耳元で、何事か〝ささやい〟た。

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