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十二、反せし者 38

「へっ……」

 皆の視線が彼恋に集中した。

 皆が一様に驚きに声をかける漏らす。

「……」

 その視線を受けながら彼恋は無言で前だけを見据える。

「か、彼恋ッチ?」

 己の横に並ぶように立った彼恋に速水が細い目を何度もしばたたかせた。

「……」

 名前を呼ばれても彼恋は振り返らない。そのまま何かの決意の表れのように前だけを見つめる。

「彼恋ッチって!」

「何?」

 ようやく返って来た答えはぶっきらぼうで、何処か怒っているような口調だった。

「いや、意味分かんないッスよ! 何で、こっちつくッスか?」

「悪い?」

 彼恋は短くやはりぶっきらぼうに答える。

「『悪い』ッスよ!」

「何で?」

「『何で』って! あっちが光の魔法少女様側ッスよ! 桐山さんもあっちの味方ッスよ! 皆、自分の暴走を止めようとしてるッスよ!」

「あっ、そ」

 彼恋の返事は最後まで短く素っ気なかった。

「か、彼恋ッチってば!」

 そして速水は最後は助けを求めるように花応達の方に目を泳がす。

「彼恋……」

 花応がその視線を受けてそっと口を開く。

「……」

 彼恋の真っ直ぐ前に向けられた目が花応にのみ向けられる。

「なるほど。速水さんに会いに、もう一度こっちに来たんだな。それであんな歌を出したんだな……知らなかったぞ……」

「……」

 彼恋は花応の言葉に応えない。

「あれ、さっき分かったようなこと言わなかったか、桐山?」

 代わりに宗次郎が花応の顔を覗き込むように訊ねた。

「えっ? ああ、てっきり。岩に別れる水の流れが再び出会うという様子が、粒子の対生成と対消滅に似てるって話かと思ったのよ。対に生まれて、別れて、また出会う。その様子が『真空』の『仮想粒子』の話に似てるから」

「はぁ、何だよ、桐山? 仮想粒子って?」

「何、知らないの? 真空で生まれは消えていく観測できない粒子のことよ。何もないと思われがちな真空でも、仮想粒子が対で生まれては対で消えていくの。真空は空っぽじゃないの。こういう仮想の粒子対が、一対で生まれてはまた消えていくエネルギッシュな世界なの。『真空のエネルギー』って呼んでいるわ」

「『空っぽ』じゃないのかよ? 真空だろ?」

「空っぽじゃないわ。仮想粒子が沸き立ってるぐらいよ。無から粒子がどんどん生まれて、そして消えていくのよ」

「何にもないから、真空だろ」

「それでも、どんどん仮想粒子は湧き出てるのよ」

「お得だな。ただ飯みたいなもんか? エネルギー問題は解決だな」

「そうもいかないわね。『究極のただ飯』なら、『インフレーション』の方ね。流石に言葉は知ってるでしょ? 宇宙誕生の時に急速に空間が広がった理論ね。これを真空での対生成や対消滅と合わせて考えると、そのエネルギーで真空が揺らいで『真空の相転移』というのが起こり、『ビックバン』が起こったと考えられているわ。これが今考えられている宇宙の始まり。インフレーションはそのあまりに急激な空間の膨張故に、究極のフリーランチ――つまりただ飯だって、この理論の提唱者の一人アラン・グースは言ってるわ」

「あのね……」

 長々と離し出した花応に彼恋か呆れたようにアゴを落とす。

「ああ、ゴメンよ、彼恋! またお姉ちゃん、長々と! でも、うん! あれだ! 友達につきたいって気持ちは、お姉ちゃん分かるぞ!」

 花応が慌てて自分の発言を霧散させようとするかのように、両手を前に突き出して闇雲に振った。

「彼恋ッチ……」

 速水が未だ前を向いたままで己の横に立つ彼恋に視線を落とす。

「そうね……最初は〝合わない〟と思ったわ……」

「じゃあ、〝会わない〟方が良かったッスよ」

「その時点の最初じゃないわよ。出会った最初よ。教室では謎の力で暴れてるし。夜の街には我が物顔で居るし。人の財布を当てにして、どんどん遊びまくるし……この人私には合わないと思ったのよ……」

「……」

「まあ、財布ぐらいは、痛くも何ともないけど……お金なんて、いくらでも自由になるし……」

「彼恋ッチ……」

「でも、まあ……無計画で、無分別にねだる姿は、ホント非経済的だと思ったわ……」

「……」

「そうよ。非科学で、非経済的で……それでも自由な感じがしたのよ……私や花応では、あまり持ってないような自由さをね……今から思えば、ちょっと眩しかったかも……ホント、あんたも私にとっては、光子――光だったのよ……」

「……」

「でも、よくよく考えてみれば。私は家族ですら、合わないと思っていたわ。そんな私にあなたはずけずけと踏み込んで来た。私に合わないことなんか考えずに。ましてや合わすことなんか考えずに。何処か似てたのかもね私達。この世界に虚無感を抱いていて。むなしくって、空っぽで。まあ、アレに言わせれば、空っぽには真空のエネルギーが満ち満ちてるんだけど」

「そこまで考えてはないッスよ……」

 速水が顔を見られまいとか床に視線を落とす。

「そう? まあ、結局考えなしで、やっぱり私には合わない人ね。でも、〝会わない〟って結論は、私の中にはなかったわ」

 彼恋がきっとその吊り目を更に吊り上げて花応に目を向ける。

「さあ、終わりにしましょう。あんたがとことんやりたいってのなら、私はつき合うわ」

 彼恋が真っ直ぐ前を指差した。

「彼恋ッチ……」

 速水は顔を上げずに応えた。

 髪に隠れた頬の隙間から見えた口元は深く笑みの形に開いている。

「光と闇の戦いだって言うんなら、その設定につき合ってもあげる! さあ! 正真正銘の光の魔法少女様に、真っ正面からぶつかりなさい! 大丈夫! 光子同士だから、対消滅なんてしないわ! 思いっきり! エネルギッシュにやりなさい!」

「――ッ!」

 彼恋の言葉に速水がぐっと顔を上げた。

 今までとは打って変わった笑みに目を細めて、

「勝負っす!」

 速水は待ち構える雪野に向かっていった。

作中インフレーションなどに関しましては、以下を参考にさせて頂きました。


サイト

https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/rigakuru/nbp/research/11.html


ドキュメンタリー

http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic_141204.html

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