二、ささやかれし者11
「……」
校舎裏に踏み入れられた雪野の足。その主の慎重さと警戒の表れか、その足先が打ち込むかのようにアスファルトを力強く踏みしめる。
雪野が履くのは靴ひも要らずの皮のローファー。学校指定の校則通りの靴だ。
舗装された通路脇に、砂利が敷き詰められた校舎裏。雪野は校舎裏に平行に延ばされた通路を慎重に歩いていく。
通路も半ばまでくると、雪野は校舎裏を見回した。
人の気配がない。
「呼び出しておいて、待たせるつもり……」
雪野は警戒に耳をすましながら呟く。
「さて……花応が仮に自分の部屋まで走って帰ったとして……」
雪野が目をつむる。増々神経を耳に集中しているようだ。そのまま周囲の気配を耳で集めようとしたのか、雪野は軽く身を翻させる。
「ジョーだけそこから飛んでくるとしても、全部で十五分ぐらいかかるかな……」
雪野が目を開けた。
「……」
そして開けると同時に眩しげに目を細める。
まだ高い陽の光を背に、遠目に一人男子生徒が立っていた。
だが男子生徒だとはシルエットだけでしか分からない。
太陽の光を反射して、眩いばかりにその男子生徒の右手が光っている。胸元まで上げられていたその右手の光が、男子生徒の全身を判別不能にしていた。
生徒の顔も表情もその光に隠れてしまっている。雪野からは全く読めない。
しかしその口元は笑っているようだ。それもかなり人をバカにした形に。唇の両端が卑しいまでにつり上がっていた。
男子生徒が輝く右手をゆっくりと上げていき、陰影の綾が一瞬その口元の様子を雪野に見せつける。
「女の子呼び出して、自分は遅れてくるんなんてサイテーね。どちらさんよ?」
雪野が光を遮らんと己の手の平を額にやる。手の平で陰を作り相手の姿を確認しようとした。
「……」
男子生徒は雪野に答えず、己の顔をその右手で覆った。
光が男子の顔全体を覆う。
「名乗る気もなしなのね。サイテーな上に失礼ね」
「……」
やはり男子は応えない。そのまま右手をゆっくりと喉元に向かって降ろす。
男子の光は更に増した。降ろした右手で一度隠されたその顔。その顔すらが光に反射して金属質に輝き始める。
「――ッ! 金属の仮面? いえ、やっぱり金属人間って訳ね……」
「……」
男子は応えない。
降ろされる右手に連れて、男子生徒の全身が輝き始める。
「あの子戻ってがくる前に片付けてやりたいけど……魔法の杖はジョーがこないと取り寄せられないし……」
雪野が目を覆っていた手の平をどけながら、相手に聞こえないように呟く。
既に慣れてきたとでもいうのか、雪野の視線は相手の眩いばかりの輝きをその目で直視する。
「……」
全身で反射光を煌めかせた男子生徒。その金属と化した足でアスファルトの通路を蹴り、無言のまま一気に雪野に飛びかかってくる。
「舐めないでね!」
雪野がその攻撃を身を翻して避ける。右足をその場に残し左足だけを己の背後にまわすと、寸前まで自分がいた位置をがら空きにする。
ぶんとという重い空気を切る音ともに、男子生徒の攻撃は空振りに終わる。
「金色! 金塊なの? ゴールドの体なのね!」
やっと太陽の反射から外れた相手の全身に、雪野はその正体を見破る。
男子は肩から体当たりを仕掛けようとしていたようだ。避けられた雪野に丁度背中をさらして男子は、その場で踏み止まると背を伸ばして腕を振り上げる。
「ふん! 能面みたいな顔しちゃって!」
雪野は今度も相手の攻撃をギリギリでかわす。振り上げられた拳を鼻先で見切るや後ろに跳んだ。
そしてやっと確認できた相手の顔に悪態をつく。男子生徒の顔は全てが金色に輝き、目の光彩もなくしいていた。金属と化した故かその瞼は見開かれたまま瞬き一つせず、口元も口角をバカにしたように吊り上げたまま固まっている。
「表情の変化までなくして、何がしたいの? 人間性を失ってまで、力を手に入れて何になるの?」
「……」
男子生徒が無言で殴り掛かってきた。
「復しゅう? 仕返し? 何かを見返したいの? それとも自分より恵まれている人間が、ただただウザいだけ?」
雪野がその拳を右の手の平で受け止める。
力負けして少々後ろに押し戻されながらも、雪野の手の平は相手の拳を己の眼前と押しとどめる。
そしてそのまま雪野は相手の金色に輝く拳を握りしめた。
「……」
表情は変わらないが男子生徒は驚いているようだ。己の拳を掴んで話さない雪野の右手と、相手の表情をそののっぺりとした瞳で何度も見比べた。
そのまま男子生徒は己の足下を見た。金属と化した己の体重を支えたアスファルト。勢いよく着地したその場所は、男子生徒の足を中心にヒビが入っている。
そんな体が繰り出す拳を、目の前の女子生徒は腕一本で受け留めた。
「そんなところよね? 感心しないわ。でも、まあ。私を一番最初に狙ったのは、褒めてあげる」
「……」
「だって他の人を襲うのだけは、絶対に許せないもの……」
雪野がゆっくりと己の右手を前に押し出し始める。そして雪野の言葉を力と化しているかのように、徐々に互いの中間にまで戻っていく。
互いに組み合っているのは己の右手。
繰り出した右の拳と受け止めた右の手の平を斜めに交わし、雪野と男子生徒は力と視線を互いの中心でぶつからせる。
「あなたの相手は……ううん――」
雪野が一瞬目をつむる。
雪野の耳が何かを物音をとらえたのかピクリと動く。
「〝あなた達〟の相手は、いつでもこの私一人よ! ジョー!」
そしてその目を相手を射抜く視線とともに開けるや、空いていた左手を空に向かって突き出した。
「ペリッ!」
ジョーが返事とともに空を滑り降りてくる。
ジョーと雪野の左手が交差するや、雪野は間髪を入れずにその左手を振り下ろした。
「食らいなさい!」
雪野の左手に一瞬で握られた魔法の杖が、炎を上げながら男子生徒の金属の体に打ちつけられた。




