一、科学の娘3
少女は鞄に忍ばせた魔法の杖を握りしめた。悪い予感が、少女の背中を這い上がったからだ。
撫で上げられたような怖気だ。身震いとともに、寒気が一気に全身に伝わる。
「敵――」
そう、これは敵の気配。少女が肌で感じる敵の存在。
近くで、そう遠く離れていないところで、その気配がする。昨日取り逃がした敵だろう。
「どうして……」
だが分からない。どうして自分のところに現れないのかが分からない。
敵の気配がする。だがどこかそれは遠い。自分に挑みかかってくる気がしない。
だとすれば――
「誰か……他の人が襲われているの……」
それはあってはならないことだ。
「あなた達の敵は――私よ!」
少女は敵の気配のする方へ駆け出す。それは自身の通学路とは、一筋外れた寂しい道だった。
ブロック塀にあたったガラスの感触。鞄越しにその感触が花応に伝わる。
「逃げるわよ……」
「下手に動くと襲ってくるペリ……」
敵は力を溜めるかのように、一度止まってその場で身を激しく震わす。
「任せなさい……」
花応はそう言うと、勢いよく鞄に手を突っ込んだ。
軽くまさぐり取り出したのは、先ほど握りしめたガラスの小ビンだ。
「なめないでね……私は――」
花応はそう言うと、ガラスの蓋を外す。即座に広がる鼻をつく臭い。
だが花応はその臭いに不快な顔どころか、会心の笑みを浮かべる。
「私は科学の娘よ!」
「臭いペリ……」
「臭いのは当たり前。これは灯油よ」
笑みのまま、花応が応える。その顔は何故か自信に満ち溢れていた。
ガラスの小瓶の中で粘液質の液体が揺れていた。その揺らめく油の更に中には、なにやら鈍い光を放つ金属質な物体が浮かんでいる。
そう、それは金属質な光を放っていながら、それでいて何処か柔らかげだ。まるで粘土でできた金属だ。
その金属が灯油の中に浮かんでいる。
「灯油……油ペリか……燃やすペリか……」
敵は触手を振り上げた。
「違うわ……」
そう言うと花応は小ビンを傾け、その灯油をアスファルトの上に捨ててしまう。
「――ッ! 何してるペリか! 捨てちゃ――」
「灯油は捨てないとダメなの!」
「何故ペリか? 武器に――」
「武器はこっちよ! さあ、逃げなさい!」
花応はそう叫ぶとペリカンを押し退け、小ビンをふるう。小ビンの中に残っていた、鈍い銀色を放つ物質が宙を舞う。
敵の触手が唸りを上げて、花応の頭上に振り下ろされた。
その攻撃が花応達を襲う瞬間――
「食らいなさい! 水とは混ぜてはいけない!」
花応の自慢の――そして自信に彩られたつり目が、相手の攻撃を見据える。自分の放った物質が、狙い通りに割られた側溝の中に消える瞬間――花応は叫んだ。
「アルカリ金属!」