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十二、反せし者 35

「なっ……」

 速水が細い目を剥いた。

 細い目の奥に隠れる光が、怒りにか震える。

 血走る目がそのおののく光を目の前の彼恋に向けられる。

「……」

 彼恋が黙ってその視線を受け止めた。

 速水の手をのける為に添えた手だけが、更に深く握り締められる。

「彼恋ッチまで、自分のこと否定するッスか……」

「……」

「そうッスよね……向こうの方が光ッスからね……」

「『光』? 千早さんのことね。そうね。容姿は端麗だし、如何にも優等生な言動してるし。ウチのアレとも付き合うお人好しみたいだし」

「ちょっと、彼恋さん」

「か、彼恋! お姉ちゃん、ちょっと傷つくぞ!」

 彼恋の言葉に雪野と花応が反応した。 

「何と言っても、魔法少女様らしいしね」

「そうッスよ……持ってる人間の代表ッスね……」

「それは、それは……目の前に居れば、鬱陶しい存在でしょうね……まあ、分かる気もするわね……」

 彼恋がちらりと後ろを振り返る。

 待っていたのは小首を傾げる花応の姿だった。

「えてして本人は分かってないけどね」

「何だ? 何の話だ、彼恋?」

「何でもないわ。で、持たざる者の代表のあんたは、優等生で光の魔法少女様に嫉妬って訳?」

 彼恋が速水に向き直る。

 その間も速水の手を彼恋は離さなかった。

「そうッスね……ただの嫉妬かもしれないッス。でも、自分殺して、眩しそうに光を見つめるだけじゃイヤッスよ……自分は光に呑まれるのは、まっぴらゴメンッス! 美人で、優等生で、優しくって! それでいて、誰でもなれる訳じゃない魔法少女様!」

「……」

 彼恋はじっと黙ってその目を覗き込んだ。

「千早ぶるの昔に、神様の力があったように! 今、この魔法少女様は、自分達が望んでも手に入れられない力を、普通に持ってるッスよ! 嫉妬するッスよね? 憧れるッスよね! 鬱陶しいって思うッスよね!」

 速水がその細い目を今度も力の限り剥いて、その瞳の奥の奥まで血走らせている。

「……」

「まさに光の存在! それに呑まれない為には、その反対の存在になるしかないッスよ!」

「……」

「だから自分は、闇になるッス! 闇の魔法少女として! 光の反対の存在になるッスよ!」

「……」

「その為には、自分は友達も捨てるッスよ! 引っ叩いてもらってもいいッスよ! 自分の為に、勝手に彼恋ッチを利用したッスからね! そして用が終わればぽいッスよ! 全部無視! 着拒ッス! 伸ばされた手も、振り払うッスよ!」

 速水が最後に勢いよく彼恋の手を振り払った。

「そう……」

 彼恋が伸ばした手を宙に浮かべたまま速水に応える。

 速水とは対照的にそっとその特徴的な吊り目をつむった。

 何かを呑み込もうとするかのようにアゴを引き、彼恋はそのまま黙り込む。

「さあ、光と闇の戦いを邪魔しないで欲しいッス! 相反するモノがぶつかるエネルギーが! 思いっきりぶつかり合うことだけが! 今の自分の存在を肯定してくれるッスよ!」

「そうね、思いっきりぶっ叩いてやりたいわ……」

 だがすぐに、それでいてゆっくりと目を開けた。

「――ッ!」

 宙に浮かべていたままの右手を、彼恋は同時に無言で振り抜く。皮膚を叩く渇いた音を響かせて、その右手は速水の左の頬を打った。

「……」

 避けることもできたであろう速水が無言で打たれるがままに首を振る。

「これで――」

「『これで』何よ? ホント、バカね! 千早ぶる――ですって? 光と闇ですって?」

 口を開きかけた速水に皆まで言わず彼恋が割って入った。

「彼恋ッチ……」

「ホント、古典的だわ。でも、一つ言わせてもらうわ……相反するモノ同士がぶつかる――ですって? 残念ね! それは、古典的ではないわ! それはとても『量子的』よ! ええ、古典的な――『ニュートン力学』的なことでは説明できない、量子的なお話よ! ウチのアレが、量子的な話をしなかった? 相反する物質ものとは何かってね? ねえ、花応?」

 彼恋が花応に振り返る。その顔には眉間にも目尻にも深くシワが刻まれていた。そしてそれは痙攣するように震えている。そこで震えていたのは押さえ切れない怒りのようだ。

「お、おう! 彼恋! 『物質』にはそれぞれ『反物質』――『反粒子』が存在する! この世界の物質には、自分とほぼ同じ物質ものながら、『電荷』の『符号』が逆の――反対の存在がある!」

 花応が彼恋に応えながら、ちらり教室に目をやった。

「……」

 教室に残っていた時坂がこちらをじっと探るよう視線を向けている。

 花応と時坂の目が合った。

 花応はその視線をゆっくりとと離し前に視線を戻しながら続ける。

「これは『質量』も『スピン』も、物質と全く同じ存在! だけど電荷が、反対の存在! そしてその最大の特徴は、自身の反対の物質――反物質から見れば、物質という存在――それと出会うと、爆発的なエネルギーとともに消滅してしまうということよ! 出会った物質と反物質の両方の質量が、エネルギーとなって放出されたり、別の粒子・反粒子の対になってしまうから! 物質がエネルギーや、他の物質に変わるのよ! その相反する物質もの同士が、似ているが決定的に反対なことで起こす爆発的反応! それが『対消滅』よ! 互いが出会えば、互いのその存在を、エネルギーに換えてしまう現象よ! これが物質と反物質の関係よ!」

「おいおい……何だ、その古典的な話……」

 一気にまくしたてる花応の横で宗次郎があっけにとられて呟いた。

「そうね。神話のように古典的な話に聞こえるけど。本当に、素粒子レベルの話だもの。決して古典的ではないわ。むしろ量子的よ」

「古典的でも、量子的でも! どっちでもいいッスよ! これは自分と、千早さんのことッスよ! この力で、己の存在を賭けて、戦うッスよ!」

 速水が両手の先に炎と電撃を生じさせた。そしてそれをこれ見よがしに目の前の彼恋に突き出してみせる。

「そうね! 反物質気取りなら、そうでしょうね! でも、おあいにく様!」

 彼恋が速水の炎にも、電撃にも臆せず一歩前に詰め寄る。

 彼恋の髪の先が軽く炎に当たった。電撃から弾けた電流が私服の上で爆ぜた。

 彼恋が髪の先が焦げるのも、服に穴が空いたのも構わず速水に詰め寄る。

「な……」

 炎の熱にも、電流の放電にもひるまず前に出て来た彼恋に、むしろ速水が逃げるように背中を仰け反らせた。

 無言で相手に詰め寄る彼恋に代わって、花応が再びまくしたてる。

「『電子』と『陽電子』! 『クォーク』と『反クォーク』! それぞれ出会えば、対消滅でも起こしたでしょうね! 速水さんの言う通り、光と闇の戦いみたいに、派手にやらかしてたでしょうね! でも、残念ね! 彼恋の言う通りおあいにく様ってやつね! 光の反対は――『光子』の反粒子は、やっぱり『光子』なのよ! 光子は電荷がゼロだから、符号が逆の存在がないの! 科学的に考えてね! 光に反対の存在は、存在しないの! ううん! 光の反対は、やっぱり光として存在するのよ!」

「な……」

 彼恋に無言で目の前に詰められ、花応に一気にまくしたてられ、速水がふらつくように半身を後ろに退いた。

 よろめく速水の崩れる横顔の向こうで、

「ふふ……」

 教室の中の時坂が満足げに笑っていた。

反粒子に関しましては、以下のサイトを参考にいたしました。


http://www.phys.cs.is.nagoya-u.ac.jp/~tanimura/paper/ocu2.pdf

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