十二、反せし者 33
「人の心配してる場合ッスか!」
速水が廊下の床を蹴る。
速水が蹴りつけた廊下にひびが入り、細かい破片が足裏の後ろから飛び散っていた。
だがそれが見えたのも速水の姿がその場から消えたからだった。
「速い!」
雪野がかっと目を見開いて身構える。
目を剥いてその動きを追わないと雪野にも捉えられないらしい。
それでも雪野が速水の姿を捉えたのは、
「――ッ!」
速水の姿が己の右斜め前に現れてたからだった。
速水の姿は一瞬で雪野の前に現れた。
雪野が見開いた目を更に驚きに剥いた。
そしてそれはすぐ苦痛に歪められる。
電撃をまとった速水の拳が雪野の頬にめり込んでいた。
「ぐ……」
「どいつも、こいつも! うっといッスよ!」
一瞬で雪野の右の頬を捉えた速水は、そのままの勢いで両の拳を繰り出してくる。
雪野の歪んだ右の頬が元に戻る前に、その左のアゴの皮膚が円を描いて捩じれた。
速水の拳が一つ前の衝撃を受け切る前に、雪野の顔に襲いかかる。
「はは! 弱いッスね! 光の魔法少女様!」
速水は次々と拳と両足を繰り出して来た。
雪野がその攻撃を両手を左右に広げて防ぐ。だが防ぐの精一杯のようだ。杖と自身の腕で相手の攻撃を防ぎはするが、防戦一方でそれ以上の手を打てない。
速水の蹴りに至っては身構えて堪えるのが精一杯なのか、僅かに腰をひねって打点をずらすだけだった。
傍目からは二人の足も手も見えなかった。
「雪野!」
打たれ続ける雪野に花応が教室から呼びかける。
「私はいいから、皆を!」
雪野の言葉に教室の花応と宗次郎がうなづいた。
「『皆』って何ッスか? 友達ッスか? みんなこっちを怯えた目で見てるッスよ! それが友達ッスか?」
「少なくとも、クラスメートでしょ?」
「そうッスか? でも今は、自分の心配する方が先ッスよね!」
速水の攻撃の手が更に速くなった。速水が突き出す拳にはそれぞれと炎と電撃がまとわれている。その拳を雪野が髪と制服を焦がしながら何とか寸でのところで受け止めていた。
「く……この……」
「せっかく闇の魔法少女、買って出たッスよ! 力見せて欲しいッスよ! 光と闇の戦いをして欲しいッスよ! 光の反対が光だなんてちゃちゃも気にせず! ブラックホールが明るいなんて、バカな話も無視して! 戦って欲しいッスよ!」
「花応がそう言うのなら……そうなんでしょ……」
雪野が速水の攻撃に耐えながら目を細める。
その視線の先で教室のドアから花応と宗次郎が飛び出して来た。
「はは! 信じるッスか? 光の反対が光ッスよ? ブラックホールが明るいッスよ? 光の反対は闇! ブラックホールは真っ暗闇! 闇! 闇! 闇ッスよ!」
「どうしてそう闇にこだわるの……」
速水の背中の向こうで気を失っていた男性教師が周りにようやく助け起こされていた。
だがまだ意識を取り戻していないらしくその身は遅々として起き上がらない。
その下敷きになっている女子がばたばたと手足を振って男性教師の体を振り下ろそうとしている。しかしその体育教師らしい屈強な体の下ではもがくことしかできないようだ。
「光の存在が、もう既に居たからッスよ!」
そんな光景を背に速水は攻撃の手を繰り出し続ける。
「だからって、闇になるって言うの?」
「言うッスよ! 自分は速水颯子! 闇を内にはらむ少女ッスよ!」
「自分で勝手に言ってるだけだわ!」
ようやく雪野が反撃に転じた。魔法の杖を振り上げ速水の拳を目の前で受け流し始める。
「自分に勝ってから、言って欲しいッスね!」
「今でも言ってあげるわ! あなたは闇じゃない! 光の反対も光だものね!」
「それは――」
相手の言葉に速水が目を剥いて憎悪を露にすると、
「それは――花応がそう言ってるわ!」
雪野はその声に途中で割っては入って不敵に口元を歪めてみせる。
「――ッ! ムカつくッス! 何処まで、何様なんッスか! 友達の言うことなら、何でも信じるッスか?」
速水の攻撃が更に速くなる。そしてそれは廊下の窓ガラスすらその振動でふるわせ始めた。
「少なくとも、科学のことなら、私は花応を信じるわ! 友達だもの!」
雪野の杖も相手に合わせて速くなっていく。こちらもつむじ風すら起こすような勢いでふるわれた。
「それが優等生だって! 言ってるッス! 友達? 要らないッスよ! 信じないッスよ! 着拒したら、はいそれまでの関係ッスよ!」
「何の話?」
「別に! 派手に裏切って! メールも、既読も、着信も! 皆無視して、やったッス! それぐらいで、もう連絡来ないッスよ!」
「『派手に裏切って』って――公園の話ね……」
雪野の目がすっと細まった。
雪野の細い目の中にようやく男性教師の下から助け出された女子の姿が映る。
そしてその女子はやはり一人だけ私服だった。女子の脇には旅行用らしきスーツケースが転がっている。
その女子を助けようと駆け寄っていた花応が、ぎょっと肩をいからせて立ち止まっていた。
助け出された女子は立ち上がるや否や、その花応を突き飛ばすようにして雪野達に向かって駆け出した。
「そうッスよ! 闇の魔法少女らしいッスよね? さあ――」
廊下の窓ガラスすら震わせる攻防を見せる速水の背中に、
「何を非科学なこと――やってるのよ!」
私服の吊り目の少女がスカートの裾を翻して蹴りを入れた。