十二、反せし者 32
グラスを幾つも同時落としたような派手な音を立てて窓ガラスが割れた。
その手前に合った煙の壁が手前に崩壊し、窓ガラスは破片をまき散らして廊下に散乱する。
壁と窓を破壊した二人の体は未だ空中にあった。
「雪野!」
何度も名前しか呼ぶことしかできなかった花応が、今度もその名を呼んで駆け出す。
花応の駆けるその先で今度は廊下に落ちるガラス片の音が轟いた。それに続いたのは人の肉と骨が固いものに当たる鈍い殴打の音だった。
「キャーッ!」
そしてそれと同時に廊下の向こうで女子生徒の悲鳴が上がる。
ガラスの砕ける硬い音に、人の体の当たる鈍い音。そして甲高い悲鳴が廊下と教室にこだました。
「何やってんの……あんたら……」
それらの音に紛れて廊下の向こうで呟かれたその声は、
「雪野ってば! 大丈夫!」
花応の耳には届かなかったようだ。
花応は砕けた煙を蹴飛ばしながらガラスの割れた窓枠に手を伸ばそうとする。
「危ないって、桐山!」
そんな花応を宗次郎が後ろから左の腕を掴んで止めさせる。
割れたガラスを掴む勢いで出された花応の右手が寸でのところで後ろに引き戻された。
「怪我すんぞ!」
「もうしてるわよ!」
花応が軽く包帯の任せたままの右手を窓枠に向けて泳がせる。それでも後ろから掴んだ宗次郎の力で引き止められ、花応はそれ以上前に進むことができない。
「はは! 皆さん、失礼ッス!」
廊下の向こうで先に立ち上がったのは速水だった。
速水は細め目を剥きながらまだ立ち上がれていない雪野を見下ろす。
「おいおい! 一体どうなって!」
体育教師らしきジャージに身を包んだ大柄の男性教師が速水に駆けてくる。
「お前ら、説明――」
「邪魔ッスよ!」
そんな教師を速水が後ろに手を伸ばして突き飛ばした。
「おおっ!」
速水が後ろも見ずに伸ばした手に、男性教師は肩を向かう撃つように突かれる。自分の腕の半分もないような細い腕に肩を突かれて、その男性教師は背中から後ろに吹き飛んだ。
「きゃっ!」
飛んで来た男性教師にぶつかられ一人の女子が悲鳴を上げる。
教師の大柄な体の向こうにスカートが翻った。スカートの裾を激しく揺らしながら、その女子は教師ともつれるように後ろに倒れてしまう。教師の体の下から見えるそのスカートは他の生徒達と違って私服のものだった。
「他人を巻き込まないで!」
雪野が跳ねるように起き上がる。
「勝手に割って入る、センセーが悪いッスよ!」
「他の娘も巻き込んでるわよ!」
雪野が速水の背後を指差した。
「そうッスか――」
速水は後ろでもつれるように倒れる教師と女子には振り返らずに応える。
「この……重い……」
速水の視線の後ろでは、気を失ったらしい男性教師の下で女子が一人もがいている。
速水は後ろを振り返る代わりに、自らの視線の先に群がり身をひそめて様子を伺っている他の生徒達を一睨みした。
生徒達はその様子にびくりと皆一様に体を震わせた。
速水はその様子に苛立つように一つ小さく舌打ちをする。
「じゃあとっとと、逃げるッスね! これは、光と闇の戦いッスよ! 巻き込まれるッスよ!」
速水が両手を左右に広げてその掌を廊下の天井に向けた。左右の掌に同時に炎と電撃を生じさせる。
「速水さん! 廊下でまで! 皆居るのよ!」
「はは! 知るかッスよ! 邪魔する人間は、皆敵ッスよ! 光の魔法少女様なら、皆を助けたらどうッスか?」
「な……」
雪野がじりっと足を踏み均すように動かした。助けが一番必要なのは、今は速水の後ろに倒れている教師と女子だろう。
だが速水に間に入られている雪野は迂闊にその場を動くことができない。
「速水さん! いい加減に!」
言い返し損なった雪野に代わって窓から花応が顔だけ突き出した。
その花応は未だ宗次郎に左腕を掴まれ飛び出さないように抑えられていた。
花応はガラスの破片が鋭く残る窓際ぎりぎりで廊下を向こうに顔を覗かせる。
「花応! そこの倒れてる娘、助けてあげられない?」
雪野がアゴで速水の背後を指し示す。
「誰か倒れてるの?」
廊下に完全に身を乗り出せない花応は雪野の指し示した先が見えないようだ。花応は宗次郎に後ろに引かれたまま廊下の向こうを覗き込もうとする。
「危ないって、桐山」
「見えなじゃい、河中!」
それでも後ろから宗次郎にその身を留められしまう花応の向こうで、
「人の心配してる場合ッスか!」
速水が廊下の床を蹴り身構える雪野に襲いかかった。