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十二、反せし者 30

「な……」

 速水の体は弧を描いて廊下の壁に向かって飛んでいった。

 そこにはジョーが作り出した煙の壁が待ち構えている。

「がはっ!」

 速水が頭を下にし、背中からその壁に激突した。物理的な固さを持つその壁に、速水の背中の向こうから亀裂が走った。

「この……」

 速水が頭からずれ落ちながら苦痛に細い目を細める。

「終わらせてあげるわ!」

 その目の置くに杖を構えてこちらに向かってくる雪野の姿が映った。

「――ッ!」

 その光景に速水が床まで落ち切る前にその体を跳ねさせた。とっさに背中を丸めて空中で身を屈めると、その背中をすぐに伸ばして壁を両のかかとで蹴った。

「喰らうッスかよ!」

 速水の身がバネのように跳ね上がり、雪野の突進を空中で交わした。

 速水が入れた両足のかかとの先で、壁の亀裂が更に広がる。

「この……」

 そこに速水に避けられた雪野が足から着地する。床に平行になって壁に着地した雪野の足が音を立てて煙を揺さぶった。

 その衝撃で壁の亀裂は更に深まり廊下側の窓の光をうっすらと写し込む。

 雪野はその光で薄くスカート透かしながらヒザを追って自らの飛んで来た勢いを殺す。

「隙ありッス!」

 完全にヒザを折り込んで一度壁に止まった雪野に、速水が自らは着地寸前のところで右手をふるった。

 薙ぐようにふるわれた右手の先から電撃が迸る。

 だがその奔流の先に雪野の姿は既になかった。

 雪野はすぐさま壁を蹴ると速水に向かって再びその身を踊らせていた。

 今度は雪野が速水の電撃の攻撃を身を翻して交わして再び襲いかかるところだった。

「この!」

 その様子に速水が血走った細い目を剥く。

 速水の目に再び映る雪野は見る間に大きくなっていった。

「――ッ!」

 雪野と速水が床すれすれの空中で互いの肩を掴んで取っ組み合い、そのまま滑るように床に着地する。

 だが物が散乱する床ではいつまでも滑るはずもなく、二人の体は床で跳ね上がって転がった。

 しばらく互いの身を交互に上下に入れ替えながら、二人は組み合いながら床を転がる。

「雪野!」

「おいおい!」

 その二人の様子に目がようやく追いついた花応と宗次郎が堪らず声を上げる。

「うっといッス!」

 速水が自身の体が下に来た瞬間に足を蹴り上げた。

 とっさに両の足を抱えるように折り曲げ、そして押し出すように右足のかかとを繰り出した。

「が……」

 腰を強打したその一蹴りに雪野が堪らずか身を捩る。

 その隙に速水が上半身を起こした。雪野の体は重なるように速水の上に残っていた。速水はその身から逃れるように背筋を伸ばして上半身だけ後ろに傾けた。

「お返しッス!」

 横にくの字に曲がった雪野の鼻先に、速水が頭突きを食らわせる。一度弓なりに反った背で勢いをつけたそれは、ものの見事に雪野の鼻先に打ち当たった。

「く……」

 雪野が堪らず鼻先を押さえて後ろに仰け反ると、

「はは! ついでッス!」

 素早く立ち上がった速水がそのまま右のつま先を繰り出してくる。

 この攻撃は雪野の肩を強打した。雪野の体が今度は後ろに向かって弓なりに曲がる。

「が……この……」

 雪野が蹴られた勢いも使って、後ろによろめきながら立ち上がる。

「効いたッスか!」

「流石に……」

 雪野が衝撃で目が眩むのか頭を左右に振りながらそれでも速水から目をそらさずに答える。

「人のこと! バカバカ言うッスからよ!」

 その答えに速水が床を蹴った。身を前に折り曲げ肩から雪野のお腹にぶつかっていった。

 二人はもつれあいながら再び煙へと向かっていく。

 雪野の背中が先に速水のそれが激突した場所へ寸部違たがわずぶつかった。

 今度は二人分の体重を受けた煙が大きくたわみ、その亀裂を更に広く深く広げる。

 速水はそのまま雪野の体を壁に押しつけた。

「ああ、もう保たないペリよ……」

 その様子にいつの間にか花応の後ろに隠れていたジョーが嘴を押さえて呟いた。

「この……」

 速水に壁に押し込まれた雪野が相手の肩を掴んで引き直そうと歯を食いしばる。

 だが先に衝撃に耐えられなかったのは、ジョーの懸念の通りに壁の方だった。

 煙の壁が音を立てて亀裂から崩壊する。視界を防ぐ煙が晴れ、その向こうの廊下の様子が窓越しに露になった。

「キャーッ!」

 廊下に残っていた生徒と教師の人だかりが、壁の崩壊とその向こうの光景に悲鳴を上げる。

 そしてすぐにその群衆は逃げ惑うことになった。

 雪野と速水は壁を破壊した勢いで廊下の窓ガラスもぶち破る。

 二人の体は窓ガラスをまき散らして廊下の向こうに飛び出し、

「何やってんの……あんたら……」

 その光景を見て一人私服を着た吊り目の少女が呆然と呟いた。

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