十二、反せし者 30
「るっさいッス!」
速水が床を激しく蹴りつける。その勢いで床がきしんだ。速水は手に入れた人間離れした力で更に渾身の力を込めたようだ。
タイルばりの床がきしみ、歪み、細かい破片を生み出した。
速水はその床の欠片を自らの足の裏で巻き上げながら飛びかかる。
速水の体は未だ己の飛び散らせたタイルの破片が落ち切る前に雪野に襲いかかる。
右の拳が勢いよく突き出されていた。
鋭く突き込まれる槍のように速水の拳は雪野の眉間に目がけて撃ち込まれる。
「――ッ!」
雪野が右手に持った不格好な煙の盾を前にかざした。
速水が握り締めていた拳はその盾に防がれてしまう。
「生意気ッス!」
「痛くない?」
盾とそのちょうど中心に叩き込まれた拳で力を拮抗させる両者。
「痛いとか、痛くないとか! 魔法少女はいってる場合じゃないッスよね!」
「そうね……戦ってる時は、感覚もおかしいわね……」
二人はしばし盾を挟んで互いを押しのけようとする。
「最高ッスね!」
「最悪よ!」
雪野が盾を外に払った。
撃ち込まれていた拳が盾の動きに巻かれるように、速水から見て内側に逃されてしまう。
速水は己の腕を抱き込むように、未だ押し出していた自身の勢いに押されて前につんのめる。
「――ッ!」
払った盾と逃された腕は、そのつっかえとしての役割をなくしてしまい、二人を正面からぶつからせた。
雪野と速水の額と額が正面からぶつかった。
もつれるように倒れ込んで来た速水の額に、最後はわざとぶつけるように雪野が頭突きを入れる。
「痛いッスよ!」
ぶつけられた拍子と痛みに片目を思わずにかつむった速水が、口元歪めて上半身を後ろに逃れさせようとする。
「あら、やっぱり痛んじゃない?」
「痛くっても、痛くないッスね! 不思議っす!」
速水が半歩後ろに下がって体勢を整え直した。
「それが感覚がおかしいってことよ! こんな力に、憧れるなんて!」
雪野も体を伸ばして身構え直した。
二人はすぐに次の攻撃に備える。
「頭突きとか、品がないッスよ! 優等生!」
速水はもう一度右の拳を握り直し、
「『優等生』じゃないって言ってるわ!」
雪野は再び盾を前に突き出した。
「謙遜することないッスよ!」
「誰が!」
速水の拳が再度雪野の盾の真ん中に撃ち込まれる。
だが今度の速水の拳には電撃が乗せられていた。
速水の拳が電気の奔流をまといながら雪野の盾を襲う。
「これなら、どうッスか!」
速水のその拳は雪野の煙の盾に電撃とともに叩き込まれた。衝撃と電撃の両方には堪え兼ねたのか煙の盾が真ん中から真っ二つに割れてしまう。
「く……」
その破片の一つが額を襲い雪野は眉をひそめてとっさに身を仰け反らせる。
「ジョー! 雪野に新しいのを!」
その様子に花応が指を指しながらジョーに命じた。
「ペリペリ!」
ジョーが足下に吐き出していた煙の盾の一つを取り上げる。
「邪魔するッスか!」
速水が今度は右手を払うようにジョーの足下に向かってふるった。
「ペリッ!」
ジョーの伸ばされた羽の先で小さな炎が上がった。ジョーはその炎に軽く羽の先を焼きながら慌てて伸ばした翼を引っ込める。
「勝負の邪魔は、無粋ッス――」
「よそ見してる場合?」
羽の先の炎を慌てて消そうとしてるジョーに一瞬目を奪われた速水。その速水の目の前に雪野の影が踊った。
雪野は仰け反った身を立て直し、速水がジョーに炎を放った隙に一気に前に詰めていた。
「――ッ!」
驚きに細い目を剥く速水の顔に、
「この!」
再び雪野の頭突きが撃ち込まれた。今度は脳天から突き出すように撃ち込まれたその頭突きは、体重が乗っていたのか速水の体を大きく後ろに仰け反らせる。
「かは……」
速水が鼻から血を軽く噴き出しながら頭を左右に振った。
「どうよ!」
「二回連続で、頭突きッスか!」
速水が鼻先を押さえて最後に大きく首を左右に振る。
「何か、悪い?」
「品がないって言ってるッス!」
速水が未だ収まらない血を鼻から噴き出しながら右足を蹴り出した。
「放っときなさいよ!」
雪野が左手に持った杖を下に払い、伸び上がって来た速水の右足を防いでみせる。
雪野は防いだ杖をそのまま振り上げ、速水のアゴを目がけて杖の先を叩きつけようとした。
速水はそれを鼻先すれすれでかわす。速水はかわした拍子についた勢いで後ろに反転し、今度は左足の裏を雪野のみぞおちに目がけて蹴り込んだ。
盾をなくした雪野はそれも杖で払うように防いでしまう。
「憧れの魔法少女様が! 光の優等生様が!」
「それが何よ!」
「がっかりッスよ!」
「それはどうも!」
二人は短く言葉をやり取りしながら、その言葉数以上に互いに攻撃を繰り出した。
雪野の杖が速水を鋭角に襲いかかり、速水の拳と蹴りが槍と鞭のように雪野に打ちつけられる。
「皆の憧れッスよね!」
「知らないわ!」
「誰もが欲しいと思う力ッス!」
「し・ら・な・い・わ!」
「イヤミッスよ!」
「うるさいわよ!」
「見ないわ……」
花応がぽつりと呟く。
花応の言葉通り雪野と速水の攻防は端からは目で追えないものになっていた。
教室の中央でそこにかろうじて残っていた机とイスを弾き飛ばされ、床に散らばっていた文房具を吹き飛ばされる。
そして時折その炎や電流が弾き出されたように二人間から飛び散らかった。
かろうじてその様子から二人は四肢と杖と魔力を繰り出しての攻防を続けているのが伺い知れた。
「魔法少女様なら! 魔法少女様らしく、振る舞うッスよ!」
「そんなの、知らないわ!」
「いつもいつも、人の手を借りてるッス!」
「はぁ?」
「何ッスか! あれ! がっかりッス! ちんけな雑魚キャラぐらい! 杖の一撃で、倒して欲しいものッスよ!」
「知らないわって、言ってるわ!」
二人の動きようやく止まった。
雪野が速水の両手の手首を己の両手で掴んで押さえ込んでいる。
それでやっと動きの止まった二人の姿が現れた。
雪野は両手を広げて相手の両腕を押さえている。
互いに手を広げて正面から向き合っていた。
「今の力づくッス! 何処が魔法少女様ッスか!」
速水が両手を振り払おうとして身を捩った。
「うるさい! 優等生も、魔法少女様も! 勝手に理想を押しつけないで!」
雪野が速水の両手を押さえたまま大きく後ろに身を仰け反らせた。
「また、品のない……」
速水が呟くその鼻先に目がけて、
「ホ・ン・ト! バッカじゃないの!」
雪野が三たび額をその鼻先に叩きつけた。