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桐山花応(きりやまかのん)の科学的魔法  作者: 境康隆
二、ささやかれし者
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二、ささやかれし者10

「天草さんて……昨日のこと、覚えてるの? その他の人と同じで……」

 放課後。花応が雪野の横顔を覗き込む。

 雪野は校門に背中を預け、気だるげに携帯を操作していた。いかにも気乗りがしないといった感じが、そのやや半目に開けられた視線と背筋の曲がり具合に現れていた。

 雪野の背中の傷は確かにもう傷まないようだ。雪野は何の配慮の様子もなく、校門に背中を預けている。

「半々ね。一応忘れさせる様にしたつもりだけど。当事者だしね。まあ……覚えていた方が、本人の為かもね……」

 雪野が最後は強い調子で携帯に触れる。その向こうを帰宅を急ぐ生徒達が次々と通り過ぎていく。

「メール送っといたわ。河中の真意を聞いといた方がいいし」

 雪野は携帯を一度軽く空中に浮かすと、落ちてきたそれを強く握り直した。それは先の操作の強い調子と合わせて、少々雪野の苛立たしげ気分の表れにも見える。

「ふーん。何処で話を聞くの?」

「えっ? 花応の部屋ってことで、メールしちゃったけど?」

 雪野がきょとんと聞き返す。

「――ッ! ななな、何勝手に人の部屋、指定してくれちゃってんのよ!」

 花応が一瞬で真っ赤になる。

「ダメだった? 一人暮らしだし、部屋広いし。内緒話にはうってつけかなって」

「だだだ、男子なんて。そんな簡単に部屋に呼ばないでよ! 片付けとかしたいじゃない! てか、私の部屋に初めて呼ぶ男子が、あの河中って! あり得ないわ!」

「初めての男子のアドレスが既に河中でしょ? いいじゃない」

「がはっ! 消す! 河中のアドレス、消す!」

 花応がスカートのポケットに慌てた様に手を突っ込んだ。

「消し方分かるの?」

「う……」

 出しかけた携帯を握り締め、花応は一つうめき声を上げて固まってしまう。

「ふふん。食堂では謎の気配の主を見失うし。教室じゃ河中が何やら意味ありげな写真送ってくるし。花応のそんなお茶目の姿でも見ないと気分が乗ってこないわ」

 携帯を操作していた時の気だるげな雰囲気を完全に忘れ、雪野は屈託のない笑みを花応に向ける。

「何よ。人を鬱憤のはけ口にしないでくれる」

「はけ口なんかにはしてないわよ。ただ、見てると和むと思った――」

 雪野は急に口をつむり、不意に校内に振り返った。その視線は警戒の色に光っているかの様に、油断なく細められる。

「むむむ……」

 何か言い返そうと思ったのか、唸るだけの花応は雪野が別のことに気をとられたことに気がつかない。

 雪野の視線の先には、カバンを両手で胸に抱えた天草がいた。

「あの……」

 天草は肩を細めてええ震えた声を絞り出す。カバンで己の身を守ろうとでもしているのか。それとも隠そうとしているのか。天草はカバンを力一杯抱き締めていた。

「何、天草さん? どうしたの?」

 雪野が平静を装って自分からも声をかける。

「……」

 花応は無言で天草を見つめる。自慢のつり目で花応は天草をじっと見つめた。

「ひっ……その……」

 雪野の言葉の不自然な平静さにか。花応の無言でも少々きつく見える視線にか。天草は怯えた様子で言葉にならない声を漏らす。

「そっちから話しかけてきて、その怯えよう――昨日のこと、覚えてるのね」

「お、覚えてるわ……」

 天草は更にカバンをきつく握り締める。そして少しばかり後ろに身をひいた。

「あら、そう。まあ、忘れさせてあげたかったけど、力不足でごめんなさい」

「雪野、あんまりごめんなさい――って感情こもってないわよ」

 すました顔で謝罪の言葉を口にする友人に、花応は呆れた顔を向けてやる。

「で、何の用? 先に忠告しておくけど。私のことや、花応のことを言いふらすようなら――」

 雪野が己の目をすっと細める。その視線だけで天草を焼き尽くすことができそうな、そんな魔力的な光を宿して雪野の目は威嚇に鋭く光った。

「ひっ……」

「ちょっと……雪野……」

 雪野が出した妖しいまでの雰囲気に、天草は更に怯え、花応は慌てた様に呼びかける。

「ふん……そんな度胸はなさそうね。でも一応忠告しておくわ。クラスでいじめられてるなら、いつでも助けてあげる。私もそんな連中いけ好かないから。だけど――花応に害が及ぶような真似したら、私もあの連中とは違う意味であなたの敵よ。そっちも覚えておいてね」

 雪野の威嚇の雰囲気はまだ収まらない。

「ちょと、雪野……」

「別に……言いふらしたりしないわ。もう、かかわりたくないもの……」

 天草は心底怯えているのだろう。ビクッと震えながら、更に後ろに身をひいた。

「じゃあ、何の用? 花応じゃなくて、私によね? 用は?」

「そう……その……人に頼まれて。千早さんを放課後、校舎裏に呼び出すようにって」

「『人』? 〝ささやかれた〟人ね?」 

「……」

 天草は答えない。

「雪野。その『ささやかれた』って何よ? 昨日も言ってたよね」

「安易に力を手に入れたくないかって、耳元でささやく奴がいるのよ。弱い人間に――ううん、人間の弱いところにつけ込んでね。この天草さんのように」

「私はもう……力を失ったわ……」

 伝えるべきことを伝えせいか。それとも自分のことを語るせいか。天草は顔ごと視線を雪野からそらした。

「知ってるわよ。私が失わさせたんだもの」

「で、行くの? 雪野?」

「行く義理ないわ――って言いたいところだけど。そうもいかないのが、私の使命。私一人で行くわ。花応、あなたは来たらダメよ」

「ちょっと。何、言ってんのよ? 一人で危ない奴に、会わせる訳にはいかないでしょ?」

 花応が慌てたように雪野の制服の裾を掴んだ。

「呼ばれたのは私。それにいきなり戦いになるとも限らないし――」

「一人で背負い込ませない――って言ってんのよ!」

 花応が引き倒さんばかりの力で、雪野の制服の裾を握り締める。

「花応……」

「……」

 花応は無言で雪野を見つめる。

「分かったわ……でも、それこそ戦いになりそうなら、ジョーを呼んでもらわないとだし。それは花応じゃないと頼めないでしょ?」

「むむ……もう! あのペリカン! どこほっつき歩いてるのよ! 肝心な時にいないだなんて!」

「あはは。花応が自分で、学校から放り出したんでしょ? まあ、花応の部屋にいるんじゃない?」

「もう! いい、雪野? 私とジョーがくるまで、無理しちゃダメよ! 分かった?」

 花応は駆け出し始めながら、雪野に振り返る。

 学校のすぐ前の大通り。下校途中の他の生徒や、道ゆく人びとの好気の視線を集めながら花応は駆けていく。

「はいはい。分かったわ。ジョーをお願いね!」

 最後までこちらを振り向きながら走って遠ざかる花応に、雪野が呆れたように応えた。

「さて……」

 やっと花応の姿が見えなくなると、雪野は天草に向き直る。そのまま雪野は校門を離れ天草の方へと歩き出す。

「……」

 横を通り過ぎようとする雪野に視線を合わせまいとするかのように、天草は固く身を強ばらせて体ごと顔を背けていた。

「……」

 雪野ももはや声をかける気はないのか、天草の横を無言のまま通り過ぎしてしまう。

「……金属……」

 天草が不意に口を開いた。

「?」

 雪野が立ち止まる。

「よく分からないけど……その、何かの金属みたい……ささやかれて手に入れた力って……」

「そう。ありがとう」

 雪野は礼を口にしながら振り返ったが、天草は通り過ぎた時と同じ姿勢のままで背中を向けていた。

 雪野は天草が振り返るのを待ったのか、少しの間その背中を見つめた。

「……」

 だが天草は最後まで振り返らず、雪野は無言で身を翻すと力強い歩みで校舎に向かっていった。

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