十二、反せし者 27
「おっと、皮肉ッスか? 桐山さん」
速水が右の掌を天井に向ける。
その掌から閃光が上がった。
速水の掌の上で再び雷の奔流が暴れ出す。
「『皮肉』? 何のこと?」
その速水の上げる閃光に花応が臆せず身を曝して応えた。
教室中を照らす電撃の閃光。その光に花応は自慢の吊り目を光らせながら真っ直ぐと見つめた。
「ブラックホールを気取る闇の魔法少女キャラ! それがこんなに派手な閃光出してるからッスからね! 皮肉の一つも言いたくなるッスよね!」
「……」
「いやはや! でも闇の出し方は分からないッスから、仕方がないッスよ! そのお手本は、流石に光の魔法少女様には、見せてもらえないからッスからね! 電撃と炎で我慢するッスよ!」
速水の掌の光が電撃のそれから、炎のそれへと変わる。
速水は電撃と炎の光を矢継ぎ早に切り替えながら、己の満足げな顔を照らした。
だが笑みを顔に湛えているのは花応も同じだった。
「皮肉じゃないわ。そのままの意味よ」
花応は笑みの形に固めた吊り目で速水の閃光を射抜く。
「はい? だから、何ッスか、桐山さん?」
「ブラックホールとは、随分と〝明るい〟わね――って、言ったのよ」
「はい? 何の冗談ッスか? ブラックホールが真っ暗なのは、自分でも知ってるッスよ」
「そうね。見えないものね、ブラックホール」
花応の頬が片方だけ上がった。
「そうッスよ! 片や太陽のように明るく皆を照らす光の魔法少女様!」
「……」
速水の言葉に雪野がじりっと身構え直す。
「片やブラックホールのように、全てを呑み込み闇へと還す魔法少女! そういう対比ッスよ」
「太陽より明るい星なんて、いくらでもあるわよ。『超巨星』ってやつよ。中でも明るいのは『青色超巨星』ね。『大マゼラン雲』の『R136a1』なんか、そのいい例ね。この星なんか、太陽の一千万倍明るいとされているわ」
「子供の考えた設定みたいな明るさッスね」
速水がくっ片方の口角だけ上げて笑った。
「ええ、そうよ。幸い16万5千光年程離れてるから、星の一つとしてしか見えないけど。だけど一千万倍も、16万5千光年も、大人がしっかり調べた数字よ。現実の話よ」
「桐山さん、何でも、どうでもいいッスよ。明るく皆を照らす太陽のような光の魔法少女様。それが重要ッス」
「あら、そう? でも、光と闇が大事なんでしょ? 速水さんとしては?」
「そうッスね! 光と闇が対比される程! 燃える展開ッスよね? それこそ戦う意味があるッスよ!」
「雪野が光側を代表すればする程、速水さんは闇側であるってことよね」
「そうッス。いくら桐山さんでも、太陽の一千万倍明るい星とか、近くにあったら鬱陶しいッスよね?」
「……」
花応が沈黙で速水に答える。
「それと同じッス。闇の魔法少女としては、すぐ近くにそんな眩しい優等生が居ると、眩しくって仕方がないんッスよ。太陽ですら、鬱陶しいんッスよ」
「勝手言ってるわ……」
雪野が半歩前に出た。
「そうッスか、千早さん? 真っ直ぐ育った人には、ついついヒマがあればクラスメートをいじめるような女子の気持ちなんて分からないッスよ」
速水が雪野に向き直る。
速水の口元が獲物を狙う狡猾なオオカミの口元のように開いた。
「私が本当に光の魔法少女様とやらなら、あなたのことだって照らしてるはずでしょ?」
「光があれば、闇があるってことッスよ。光が鮮明になればなるほど、闇も濃くなるッス……さあ、ブラックホールのような闇の――」
今にも襲いかからんと口を開くそんな速水に、
「だから、ブラックホールは明るいんだって、言ってるじゃない」
またも花応が横から口を挟んだ。
「き・り・や・ま・さん! いい加減にするッス! 光の反対が光とか! ブラックホールが明るいとか! 何で、いちいちこっちの気分を折るッスか! 子供騙しのお話で――」
「光の反対は光だし! ブラックホールは明るいわ! 闇だ、真っ暗だなんて、所詮人の目に見える範囲の話じゃない! いい加減にしては――こっちのセリフよ!」
激し震える速水の声に負けずに花応がノドの奥を震わせる。
「何が――」
「『何が』って! 〝ガンマ線バースト〟がよ! 宇宙で一番明るい光がって話よ! 宇宙で最も暗いブラックホールが生み出す、宇宙で最も明るい光の話よ!」
「な……」
「ええ、そうよ! ブラックホールが生まれる時に放出するジェット! それが作り出すガンマ線バーストと呼ばれる現象こそが、宇宙で一番明るい〝光〟なのよ! おあいにく様だけど――」
最後は速水が花応に皆まで口にさせずに、
「ごちゃごちゃ、知るかッス! これは光と闇の戦いッスよ!」
足下を蹴ると油断なく身構える雪野に襲いかかった。
作中のブラックホールに関しまして、以下を参考にしました。
サイト・番組
http://www.nhk.or.jp/space/program/cosmic_140612.html