表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
288/323

十二、反せし者 26

「はぁ? 何を! 言って! るッスか!」

 速水の苛立は頂点に達したようだ。

 細い目の奥で血走らせた血管を更に震わせて、速水はしゃがれ切った声で叫ぶ。

 同時に魔力を放ったのか、速水を中心に風が巻き起こった。

 机の上や床に散らばっていた教科書やノートが同心円を描いてまくれ上がりはためいた。

「『何を』って? 光の話よ」

 その風を短い髪に受けながら花応は平然と答える。

 そして髪の下で揺れる特徴的な吊り目は下から上へと睨めつけるている。

 単に自身が指差した天井を見上げているのか、それとも己の発言の自信と意志の表れか。

 花応は力強く上目遣いに視線を放つ。

 そこにあったのは天井の照明。LEDの照明が放つ煌煌とした光だ。

「桐山さん……いい加減にするッスよ……」

 速水の体がわなわなと震える。

「何が?」

「光の反対は闇ッス……子供でも知ってるッスよ……」

「光の反対は光よ。今時子供でも調べれば分かるわ」

「なっ……」

 速水が奥歯をギリッと鳴らした。細い目を左右いびつな大きさに剥き花応を苛立たしげに向ける。

「光を素粒子レベルで考えれば――」

「そういうのは! どうでもいいッスよ!」

 何か口にしかけた花応を速水が声を荒げて止める。

「いいッス! 古今東西、光の反対は闇ッスよ! 昔から、光と闇は対立してきたッス! この退屈な世の中で! そういう心躍る物語だけが! 自分らの居場所を与えてくれたッスよ!」

「あら、以外にメルヘンなのね、速水さん」

 雪野が少しだけ杖と盾の位置を下ろした。

「本物の魔法少女様に! 言われたくないッスよ! ああ、そうッスよ! 退屈で、窮屈なこの世界で! 卑屈で偏屈な自分は屈折してたッス! 世界がひっくり返るようなことはないッスかってね! 世界がびっくりするようなことが起こらないッスかねって!」

「それでカイチョーの話に乗った訳だ、速水」

 宗次郎が花応をかばうように少し前に出た。

「そうッスよ、河中! 河中も乗ったらよかったッスよ!」

「まっぴらゴメンだ」

「そうッスか? 案外似てるッスよ、自分と河中。お金に窮して、こっそりバイトする仲ッスよね?」

「……」

 速水の突然の話の振りに宗次郎は答えずにただ睨み返した。

「そうなの、河中?」

 花応が宗次郎に振り返る。

「別に、大したバイトじゃない。朝少し時間割いてるだけだ」

「知らなかった。それであんた、よく遅刻してくるのね」

 花応がまじまじと見つめるが、

「ほっとけ。こっちの話だ」

 宗次郎の方は振り返らずに応える。

「あはは! 自慢したらどうッスか、河中? 苦労をおもてにもおもてにも出さない、実はいい奴ってヤツッスよね!」

「ほっとけと言ってる」

「そうッスか? まあ、そっちは朝のバイト。こっちは夜のバイト。まあ、仲間呼ばわりは迷惑ッスよね」

「『夜のバイト』って……」

 雪野が下ろしかけた杖と盾を持ち直した。

「おっと! 千早さん。そんなに顔を赤らめることないッスよ!」

「赤くなんて、なってないわよ」

 実際顔を赤くしていた雪野が頬を軽く膨らませて応える。

「なってるッスよ。真っ赤ッス。まあ、心配することないッスよ。光の優等生様が、センセーにチクるどうか悩むようなバイトじゃないッス。ちゃんと器用にあしらってるッスよ! バイト以上のことを求めてくるような、ゲスな連中は!」

「な……」

 雪野がこちらもギリッと奥歯を鳴らす。口まで出かけた言葉がうまくノドの奥から出なかったようだ。雪野はその代わりにか、相手に聞こえるような大きな音で奥歯を鳴らした。

「桐山さん! 分かるッスよね? バイト一つとっても、お日様の光の下でするバイトと、闇に紛れてこそこそするバイトがあるッス! 光と闇は常に反対の存在ッス! 光のバイトは意中の彼女に尊敬の目で見られ、闇のバイトは光の優等生に軽蔑の目で見られるッスよ!」

「誰が『意中の彼女』だ!」

 宗次郎が肩を怒らせた。

「ヘタレの意見なてん、どうでもいいッス! さあ! 自分はバイト一つとっても、闇の魔法少女ッス! 光を全て呑み込み、この世を闇で覆うッス!」

「光を呑み込むの?」

 花応が視線を床に落としながら訊いた。

「そうッスよ! ようやく認める気になったッスか、桐山さん!」

「ふぅん……じゃあ、言ってみれば、〝ブラックホール〟ね」

 花応はまだ床に視線を落としたままだ。

「そうッスね! 光の全てを呑み込むブラックホールッスね! 桐山さんも、分かって来たッスか? 脇役科学少女は、そうでなくっちゃッスね! そういう風に、とってつけたような科学知識で戦いに信憑性をつけてくれればいいッスよ! 闇の極致! ブラックホール! そういう合いの手を、待ってたッスよ! さあ、ブラックホールのような、闇の力を――」

 速水が気を取り直したのか雪野に向き直る。

 そんな速水のセリフを今度も途中で遮り、

「じゃあ、随分と明るいわね。ブラックホールさん」

 花応は殊更明るい笑みを作って顔を上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ