十二、反せし者 25
「――ッ!」
速水がかっとその細い目を見開き花応にを睨めつけた。
「……」
その速水の視線を花応が正面から受け止める。
「いちいち癇に障る言い方ッスね」
「あら、怒った?」
花応が両腕を胸の前だ組んだ。脇の下から覗く両腕の拳は固く握られている。
「別に……イラつくだけッスよ……」
「そう? 変わらないように聞こえるけど?」
「イライラッスよ。いちいち人の話に首突っ込まないで欲しいッスよ」
「だって、非科学なんだもの。突っ込まずにはいられないわ」
「『非科学』?」
「ええ、非科学よ」
花応の両の拳が更に固く握られる。
「はん。非科学で、当たり前ッスよ! 見るッス!」
速水が両腕を広げながら上半身を捻った。それで教室中を指し示したつもりだろう。
「大人しくお勉強する教室は、この有様ッスよ。壁はおかしな煙で外界とシャットダウンされてるッス。もはやは日常ではなく、魔法の世界! その教室の中では光と闇の力を懸けて、魔法少女二人が戦ってるッス。こういのうッスよ! こういうの! ちょっとイメージとはがっかり違うッスけど、マスコットキャラも居るッスしね」
「ペリ!」
突然話を振られたジョーがびくりと身をすくませた。その水鳥然とした撫で肩をびくっと痙攣させる。
「『がっかり違う』のは、同意だわ」
花応が速水の言葉にうんうんと何度もうなづく。
「花応殿! ヒドいペリよ!」
「ニタニタと笑う黒幕のいけ好かない生徒会長も居れば、まあ、科学的なアドバイスを送る脇役も居るッスね。ああ、後おまけの男子キャラも」
「誰が『脇役』よ?」
「誰が『おまけ』だ?」
速水の言葉に花応と宗次郎がむっと眉間にシワを寄せた。
「こういう風に、笑ってればいいのかい?」
時坂は両の口角を軽く吊り上げて言われた通りの笑みを浮かべる。
「……」
雪野は無言で軽く身構え直した。
「脇役ッスよ、桐山さん! いいッスか? 言ったッスよ? いちいち人の話に首突っ込まないで欲しいッスって! そうッスよ! これは魔法少女のお話ッスよ! 光と闇の魔法少女の戦いのお話ッスよ!」
速水が何か目に見えないものを掴むかのように、虚空に両の掌を向けて指を曲げてみせる。
力を込めながらも途中までしか折り畳まれないその指は、力の逃げ場を失いふるふると震えていた。
「何の話よ?」
「『何の話』って、魔法少女ものの話ッスよ! 千早さんが光側! 自分が闇側! 光と闇の対決! 燃えるッスよ!」
「何? 単に魔法少女ものが好きだったの?」
「悪いッスか? そこのにニタニタが〝ささやい〟た時、一も二もなく答えたッスよ! 力が欲しいッスって!」
「『ニタニタ』は酷いな」
速水がその笑みを浮かべたまま口を挟む。
「何よ。憧れの魔法少女になれました。本物が居たんで、戦いを挑みましたってこと?」
「そうッスよ、桐山さん。絵に描いたような優等生――千早雪野さん」
速水が雪野にようやくいつもの細い目に戻った瞳を向ける。
「私は優等生でも、光のなんちゃらでもないって、言ってるでしょ?」
雪野が魔法の杖と煙の盾を構え直す。
「はは! 言うッスね! いじめられてる娘がいれば口を挟み! 孤立してる女子がいれば声をかける! スカートは校則ぴったりの丈の長さ! 何より〝敵〟とか居れば、駆けつけてるッスよ!」
「……」
雪野は応えない。
「その正義感で、優等生じゃないってセリフ! それこそ模範的ッス! 光の優等生ッスね!」
「ふん……」
雪野が鼻だけ鳴らしてようやく速水に応える。
「おや、否定しないッスか?」
「別に。性分でやってることよ。別に優等生気取ろうって訳じゃないわ」
「そうッスか? ナチュラルでやってるなら、それこそ正義の味方ッスね。流石は、光の魔法少女様ッス」
「それで? 私を光の魔法少女様とやらに祭り上げて、自分は闇側って訳?」
「そうッスよ。自分名前も速水ッスからね。闇を内に秘めし少女ッスよ」
「そんなのただの、こじつけじゃない?」
「はは! どうでもいいッスよ! 気分の問題ッス! さあ、始めるッスよ! 光と闇の! 反せし者同士の――」
速水が細い目を再び剥いた。
その奥に光る血走る目を見開かせ、速水が声を嗄らして吠えると、
「だから、光の反対が闇だなんて、誰が言ったのよ?」
花応が組んでいた腕を軽く上下さて口を挟んだ。
「――ッ!」
速水が剥いた目をそのまま花応に向ける。
「桐山さん……いつまでも、ちゃちゃ入れてるッスと――」
目の奥まで怒りに震わせる速水。
その速水にまたもや最後まで口にさせず、
「光の反対は光よ。科学的に考えてね」
花応はふふんと鼻まで鳴らして天井の照明を指差した。