十二、反せし者 24
「『カーボン』? 炭素か?」
宗次郎が花応に聞き返す。
「ええ、そうよ。カーボンを素材にしたエアロゲルよ」
その花応は何処自慢げに鼻の下を伸ばし軽く目を見開いていた。ぐっと閉じた両の拳はそのままに中でかいた汗を握り締めていた。
「電気はダイヤで、熱はゲルとやらで守ってるってか、桐山」
「そうよ、河中。不思議よね。昔からまさに重宝されるあの宝石のダイヤと、現在の科学が作り出す最新鋭のエアロゲルが同じ元素からできてるなんて」
「まあ、確かに……」
宗次郎が雪野の手元を見る。
そこには表面がきらりと光る煙の塊のようなものがあった。
雪野はその感触を確かめるように何度もそのいびつな円形の煙を振っている。
「まあ、形は不格好だけどな」
宗次郎がその真円とはお世辞にも言えない盾状のものに苦笑いを浮かべた。
「まあ、ジョーのやっつけ仕事だし。それは勘弁しなさいよ」
ジョーの仕事と口にしながらもそれなりにプライドが傷つけられたのか、花応が軽く眉間にシワを寄せて宗次郎を睨みつける。
「桐山さん……邪魔しないで、もらえるッスか……」
そんな花応を速水がその細い目で睨みつけた。奥歯はもう鳴りっぱなしだった。
苛立は頂点に達しているらしい。速水は今にも噛みついて来そうな目で花応を睨みつける。
「ふん。こっちの勝手でしょ? 友達助けて、何が悪いのよ?」
「これは速水さんと、自分の戦いッス……」
「そっちが勝手に決めたことでしょ? こっちだって勝手するわよ」
「……」
花応の応えに速水が無言で奥歯を鳴らす。
「そうそう。炭素とかダイヤとか考えたのは、あなたがジョーの煙を焼いてくれたお陰だから。昨日煙から脱出する時、ジョーの煙をその魔法の炎で焼いたんでしょ?」
「……」
「河中が焼け跡を写真に残しておいてくれたから、じっくりと見れたわ。珍しいものをありがとう。炭素を高温にすると、空気中の酸素と反応して勿論燃えるわ。後に残るのはCO2――二酸化炭素だけ。特に意識していない、ジョーの吐き出した煙はただの炭素。エアロゲルみたいに構造が特殊じゃないから、よく燃えたでしょ? そうそう。その意味ではダイヤだって燃えるのよ。実際ダイヤが炭素だって発見した方法は、虫眼鏡で焼いても二酸化炭素しか出なかったことだからね。アントワーヌ・ラヴォアジエの実験よ。こっちはかなり高温にしないと燃えないから、炎で炙られたぐらいは何ともないわ」
「……」
長々と説明を始めた花応に何処まで無言で速水が睨みつける。
「という訳で、雪野の盾って訳。熱も電撃も、これである程度防げるわ」
「ペリ!」
花応の最後のセリフにジョーが右の羽を跳ね上げる。それで勝ち誇ったつもりだったのか、ジョーは羽を飛ばしてそのまま右の羽をふった。
「黙るッスよ、野鳥……」
余程癇に障ったのか速水がようやく口を開く。
「ペリ……」
あまりの剣幕にジョーが一転して力なく羽を下ろした。
「まあ、周囲の人間の助けは、魔法少女もののお約束だしね」
そんな速水の横顔に雪野が笑みを向ける。
「……」
速水が雪野に無言で向き直る。
「一般人の勇気と知恵が、特別な人間の力になるってやつッスか……」
「私は『特別な人間』じゃないわ」
「今更一般人気取り――」
「魔女だって言ってるでしょ……」
雪野の目がすっと細まった。速水もかくやと細められたその目は、真っ直ぐ何かを斬りつけた跡のように細められる。
とろりと斬られた痕から血が流れ出るように、雪野の目の奥から妖しい光が溢れ出る。
「……」
速水がその目を苛立たしげに睨み返す。
「まあ、花応が一般の子ってのは、認めるけど」
「むっ。私は科学の娘だって言ってるでしょ」
花応が両手の拳を腰に当てた。それは態とらしい怒りの表し方だった。余裕の表れなのかもしれない。花応は雪野に向かって軽く頬を膨らませながらも笑っていた。
「あら、そう」
「ええ、そうよ」
雪野と花応が互いにこぼれたように笑みを向けあうと、
「ああああぁぁぁぁ――ウザいッス!」
速水が突然吠えた。
床を右のヒザを跳ね上げ、その足の裏を床に叩きつける。
そのあまりの振動に床ごと揺れる。振動が輪を描いて周囲に散らばった机やイスを鳴らした。
「こ・れ・は――」
一言区切る度に速水が更に足を踏み鳴らす。
「光と闇の魔法少女の戦いッスよ! 外野は引っ込んでいてもらいたいッス!」
速水がその細い目を大きく剥いた。血走った血管がその目に浮かび震えていた。
「『光と闇』?」
花応の左の眉がぴくりと一つ跳ねた。
「そうッスよ、桐山さん! 光と闇! 相反するモノが! 互いの存在意義を懸けて戦うッス! 邪魔しないで欲しいッス!」
「『相反する』?」
花応の吊り目の目尻がきゅっと更に鋭く吊り上がる。
「そうッス! 光と闇! 相容れない、反せし者達の戦い――」
速水が声を嗄らし、目を血走らせて力説する。
そんな速水に最後まで口にさせず、
「光の反対が闇だなんて――非科学ね」
花応が不敵な笑みをその満面に浮かべた。
文中ダイヤモンドの燃焼に関しましては、以下を参考にしました。
サイト
http://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005400922_00000&p=box
http://www.sei.co.jp/president_blog/2008/03/post_50.html