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十二、反せし者 19

「ふふ……」

 時坂が花応に不敵な笑みを浮かべてみせる。左右の口角を同時に上げ、それが意図したもののせいか奇麗に角度が揃っている。

 目はやや下から上に舐めるように覗き見上げる。

「……」

 花応がその目をじっと見つめ返し無言で二人は睨み合った。

なんだよ、桐山?」

 二人して急に黙り込んだ花応の目を宗次郎がいぶかしげに覗き込む。

 花応達の周りでは雪野と速水が文字通り目にも止まらない打ち合いをしている。

「……」

「……」

 その喧噪の中でそこだけ時を止めたかのように花応と時坂が黙り込んだ。

「ペンギン……」

 不意に花応がぽつりと漏らすように呟く。

「『ペンギン』? 何の話だ? ああ、ペリカンか? ペリカンのことか? 間違えてやるなよ。お前のペットだろ? ありゃ、ちょっとおかしいがペリカンだ」

 その声に宗次郎が反応した。ジョーのことを花応が心配したと見たのか、呟いたきり動かない声の主に代わって宗次郎が辺りを見回す。

 目的のペリカンは盛大に羽を羽ばたかせていた。

「ペリペリ……」

 ジョーは羽をばたつかせて逃げ回っていた。

 教室の隅に逃げ込んでいたジョーは、ひとまずは二人の戦いからは離れてることに成功したようだ。

 それでも打撃の音が轟く度にジョーは一人で右往左往して羽をまき散らせていた。

「一人でパニックになってるが、今は大丈夫そうだぞ」

「そうね……今は、ペンギンよりも、ペリカンね……」

 花応が時坂から目を離しジョーに振り返る。

「おやおや、ご高説が聞けると思ったんだけどね」

 目を離された時坂がそれでも先の不敵な笑みを浮かべたまま口を開く。

「ご自身で、それなりにお調べなんでしょ、先輩」

「桐山さんには、脅されたからね……」

「……」

「この力を突き詰めると、おちおちペンギンも見てられないんだったけかな?」

「……」

「どうなんだい?」

「ペンギンだけじゃ、ありませんけどね……」

「……」

「……」

 二人は再び無言で睨み合う。

「ふん……」

 そこだけは一瞬止まり固まったような時間と空間が、花応の鼻から抜いた息ですぐに消える。

「はは! 埒が明かないッスね!」

 二人だけに襲ったその静寂の残滓を、速水のけたたましい笑い声が打ち払うように蹴散らした。

「そうね!」

 速水の声に雪野が応える。

 ちょうど速水の右足のつま先を、雪野が魔法の杖で防いだところだった。

 スカートをまくり上げ大きく蹴り上げられた右足は、雪野の脇腹辺りでぎりぎりに止められている。

「パンツ見えるわよ」

 雪野はその今だ衰えない右足の勢いを、杖に両手を添えて耐えていた。

「どういたしましてッス。でも大丈夫ッス。自分達のスピードじゃ、皆目がついていかないッスよ」

「今は――止まってるじゃない!」

 ようやく押し込まれる勢いを殺し切った雪野は、力の拮抗が優ったと見るや杖で速水の右足をはねのける。

「はは! おっと、忘れてたッス! 大変ッス!」

 速水が自らも右足を引いて後ろに跳んだ。

「河中! 見たッスね! 後で、罰金ッス!」

 着地しながら速水が細い目を楽しげに細めて宗次郎に振り返る。

「はぁ、見てねえよ! てか、何で俺だけ罰金だ!」

「じゃあ、見えたかもしれないシチュエーションにッス! それでも、男子はドキドキッスよね?」

「あのな!」

「そんな短いスカート――履いてるからよ!」

 速水が宗次郎に向いたまま振り返らない。それを好機と見たのか雪野が自ら前に跳んだ。

 雪野は魔法の杖を振り上げ、飛んで来た勢いのままに速水の頭上から叩きつける。

「おっと! 卑怯ッスね!」

 速水が軽く上半身を捻るとその杖の切っ先をかわす。

「く……」

 雪野が自らの勢いに前につんのめり悔しげに呻いた。

 体がつんのめったのは長いスカートに足をとられたせいでもあるようだ。

 スカートの中で慌ただしくバランスを整えとする雪野の両足に、窮屈そうにそのスカートの生地はまとわりついていた。

「はは! そんな長いスカート履いてるからッスよ!」

 速水が後ろに下がりながら雪野に向き直る。

 こちらは短いスカートの裾から突き出たヒザが、何にも邪魔されずに左右に踊る。

「校則通りの長さよ……長いってことはないわ……」

「校則なんて真面目に守ってるッスか? 今時、そんなの千早さんだけッスよ」

「別に……好きで守ってるわ……」

「じゃあ、校則を変えればいいッス」

「勝手に変えていい訳ないでしょ」

「どうッスかね? ねぇ、カイチョーさん」

 速水が時坂に振り返る。

「そうだね。ああ、そうだ。桐山さんに訊いてみよう」

 時坂が最後まで不敵な笑みを浮かべて花応に振り返る。

「何で、桐山なんだよ?」

 突然の話の振りに不服そうな宗次郎を無視して、

「桐山さん――」

 時坂はその笑みのまま花応の目を覗き込む。

「……」

「校則は不変かな?」

 黙ってこちら振り向いた花応に時坂が今度は一転して挑むような目で訊いた。

「ええ、不変ですよ――」

 花応がそんな時坂の目を射抜くように睨み返し、

「科学的に考えて……コウソクは……」

 最後は自分にしか聞こえない程小さな声で呟いた。

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