十二、反せし者 18
「光、闇、反対……時、未来……過去……」
花応が時坂の目をじっと覗き込む。
「……」
うつむいていた時坂はその視線に気がついたようだ。目だけ上げて下から覗き込むように花応の目を見つめ返す。
「どうした、桐山?」
宗次郎が突然の呟きに花応の顔を覗き込む。
「別に……」
花応が前を向き直した。
そこでは風を巻いて二人の少女が打撃と防御を繰り返していた。
「防戦一方ッスね!」
「ええ、全部防げるわね!」
「――ッ! 生意気ッス!」
「年季が違うのよ!」
速水が拳と蹴りを繰り出し、雪野がそれを杖で受け止める。その攻防が繰り広げられているようだ。
だがその様子は本人達にしか直接は分からない。花応達がそうだと分かるのは、時折二人の姿が止まり鍔迫り合いのような二人のせめぎ合いを見る時だけだった。
「ふふ……」
「ぐ……」
二人の動きが止まる。
速水の拳が真っ直ぐ撃ち込まれ、それを雪野が両端で持った杖で防いでいた。
雪野の眼前で杖が斜めに横切っている。
大きく速水の力が優ったらしい。肩の入った拳が雪野の額を杖一本隔てて撃ち込まれていた。
刃物を差し入れるような隙間もないような位置で、雪野の魔法の杖は何とか速水の攻撃を押し止めていた。
激しい動きを物語るのか。それとも紙一重で相手の攻撃を防いだ心理の表れか。
雪野の額に浮かんだ汗がすっと一筋流れ落ちる。
汗は途中で杖に遮られて流れが変わる。途中から杖に当たった汗が、そのまま杖を伝って雪野の左手に流れていった。
杖の柄を支えていた左手に汗が移る。
雪野の左の親指の腹にその滴りが触れた。
速水はその間も拳をねじ込んでくる。あまりに強く撃ち込み過ぎて、その拳を引き込むのもままならないらしい。
雪野の親指のつけ根を下った雫は粒となって床に落ちていった。
その瞬間――
「――ッ!」
雪野が杖を押し戻した。
今で余勢のまま押し込んで速水の拳を振り払うように雪野が魔法の杖をふるう。
斜め一閃に振られた杖は自身が弾けさせた汗も襲う。
宙を舞っいた雫が砕けた。
杖のあまりの勢いに霧散するかのように汗が砕け散っていく。
だが肝心の反撃は速水には届かない。
既に拳を引っ込めていた速水の鼻先を、雪野の杖の先が宝石の光の残像を描きながらかすめていく。
「はは! やっとやる気になったッスか!」
「ええ、終わらせて上げるわ!」
速水は体ごと後ろに飛び退いていた。
短いスカートをはためかせ速水が背中から後ろに飛んでいく。
雪野が床を蹴った。こちらは校則通りの長さのスカートをたなびかせ、雪野が着地直前の速水に向かっていく。
「――ッ!」
雪野が再び杖をふるった。今度は下から上へと切り上げるように振り上げられる。
教室の中を風を切って速水に杖が襲いかかった。
「はは!」
だがその一撃を速水は飛び上がって避ける。
速水はただ避けただけはなかった。速水は飛び上がった勢いのままに右足を蹴り上げる。
速水のつま先がクラスメートの誰かの机の天板の端を正確にとらえた。
「ぐ……」
眼前で跳ね上がる机。雪野は身構えるのもままならず、杖を振り上げた左手の肩と脇の下辺りでその机を防ぐ。
それでも勢いを失わなかった机はそのまま天井へと跳ね上がった。
誰のものとも分からない机が、机の上のノートや文房具をこぼしながら天井へと舞い上がる。
音を立てて机が天井に当たった。そこはちょうど照明器具が埋め込まれているところだった。
「おいおい、照明が割れんぞ……」
思わず身をすくめた宗次郎に、
「大丈夫よ……LED照明だから……有害な水銀とかないし……」
花応が冷静に応える。
「いや、桐山。そんな話じゃないだろ……」
「そうね……LED照明の話とか、してる場合じゃないわね……」
花応が呟く間にも天井から机が音を立てて落ちてくる。
一際大きく上がった二つの衝突音に廊下の向こうからも悲鳴めいた声が轟いてくる。
「でも、光の話は――」
花応が横目で時坂を見た。
「ん?」
その視線につられて宗次郎も時坂を見る。
「聞きたそうですね……」
そして花応は怪しい笑みを浮かべる時坂を険しい目で睨みつけた。