十二、反せし者 17
「……」
「……」
雪野と速水が無言で睨み合う。
スプリンクラーの水は既にやんでいた。今は強引に閉ざされた口から数滴が滴り落ちるだけだ。
だがそれぞれの頭上に降り注いだ水滴は、未だ教室の中の全員の髪と服を濡らしていた。
真下に居た雪野と速水だけではなく、花応や宗次郎の髪も消火の水は降り注いでいた。
「ぺりぺり……」
唯一水鳥然としたジョーだけが、体を一つ震わせるとその水滴を弾き飛ばす。
煙の向こうに隠された廊下からは更なるざわめきが起こっていた。
今は完全にこちらの様子が分からないのだろう。それでもスプリンクラーが作動したことは分かったのか、響めきが煙の向こうから響いてくる。
ジョーがゆっくりと雪野の背中から離れようとしていた。そして一際大きく上がった響めきに丸まった背中をすくめてその場で立ち止まってしまう。
「やれやれ……まだ右往左往することしかできないかい……」
時坂がそんなジョーが張った煙幕に目をやる。実際は見えない個体の煙の向こうを見て時坂が呟いた。
「煙の向こうが見えてるみたいっすね……」
そんな時坂を宗次郎が睨みつける。
「ああ、見透かしているよ……」
「それは、あんたのいつものことだよ……いけ好かないいつものことだ……」
「おやおや、今更力が欲しくなったかい……真実を見る力――君なら、手に入れられたはずだよ」
「るっせぇ。まっぴら御免だ……」
宗次郎がぴくりとこめかみを痙攣させて時坂を睨みつける。
「ふふ……いい目だ……それなら穴で空いて、煙の向こうも見通すことができるかもね……」
「……」
「ずぶぬれで放電するなんて……非科学ね……感電したらどうするのよ……」
花応が宗次郎と時坂の話を背中にぽつりと呟いた。
「……」
宗次郎達の会話には反応しかなかった速水がちらりとそんな花応を横目で見た。
「何よ……」
「科学の娘は、お呼びじゃないッスよ」
「な……」
速水の目と意識が花応に向いたと見るや、
「あなたの敵は、私のはずよ」
雪野がぐっと前に魔法の杖を突き出した。
素材も材質も分からない宝石がついた杖の先が速水を鋭く指し示す。
刀の切っ先のように、光に輝いた宝石が速水を指した。
実際速水にはその切っ先は届いたようだ。
「本物自慢ッスか? 光の魔法少女様は、することがセコいッスね」
速水に突きつけられた雪野の魔法の杖。真っ直ぐ己に向けられたその杖を速水は睨み返す。
「別に。ああ、それと――」
雪野の目がすっと細まる。
速水のそれとは違う切れ長の目が細まる様は、その内から輝く妖しい光と相まって妖艶なまでの光を宿す。
「……」
速水がこちらも目を細めてその目を見返す。こちらも目の奥から妖しい光が輝いていた。
「一番文句を言いたいのは、あれね。私は光の――とか言われる人間じゃないわ」
「ふふ……それは困るッスね……こっちは、闇の魔法少女を買って出たッスよ。そうでなきゃ、釣り合いとれないッス」
「それこそ、〝勝手〟でしょ? 勝手に買って出られても、構ってられないわ」
「そうッスか? じゃあ、腕尽くで、認めさせるッスよ」
「〝勝って〟しまえば、自分が正義? やっぱり〝勝手〟ね」
「はは! ごちゃごちゃうるさいッスね! 自分は正義じゃないッス! 言ったッス! 自分は闇ッスよ! 光の敵ッス! 光に反する闇ッスよ!」
「何を殊更強調してるのかしら?」
「――ッ! ごちゃごちゃうるさいって――言ってるッス!」
速水が不意に床を蹴った。
速水が拳を無数に撃ち出し、捻りを入れて左右の足を繰り出す。
「な……」
その人間離れしたスピードに花応が呆然と呟いた。
速水の拳も蹴りも残像めいた影しか見えなかった。撃ち出された拳が。繰り出された蹴りが。同時と錯覚するかのように、次々と雪野の体を襲う。
「……」
雪野が無言で杖をふるった。
雪野が左手に持った杖を左右上下に振ると、振動と鈍い音を上げてその杖が揺れた。
低く鈍く体に響いてくる衝突音だけが、速水が攻め、雪野が防いでいることを周囲に告げていた。
「おやおや、せっかくの対決なのに、我々凡人には見えないね」
時坂が降参とばかりに両肩を軽く上げる。
「全てお見通しじゃないんでしたか……」
この状況を作り出した元凶に宗次郎が三たび睨みつける。
「意地悪だね、河中くん。僕は今の彼女達の戦いも――未来も過去も見えないよ……」
時坂が両の口角を同時に上げて自虐的な笑みを浮かべて呟いた。
珍しく視線をも落として呟く時坂に、
「光、闇、反対……時、未来……過去……」
花応は振り返るとじっとその目の奥を覗き込んだ。