十二、反せし者 16
「速水さん……」
雪野が音を立てて息を呑む。
それは誰の耳にも届いたようだ。
「……」
その音に先をこされ呑まれたように宗次郎が押し黙る。
「ペリ……」
ジョーは煙を吐き続けながら目だけ雪野の方に向けた。
ジョーの煙により廊下の向こうの生徒達の姿が埋もれていく。その中には懸命に背伸びをして最後までこちらの様子を伺おうとする氷室の姿があった。
氷室は今にもこちらに来ようとしているようだった。
だが天草に手を引っぱられてその場に引き止められてしまっているようだ。氷室の脇に目をつむって必死に氷室の手を掴まえている天草の姿があった。
「魔法少女ですって……」
花応がようやく口を開いた。その顔には露骨に嫌悪の色が浮かんでいる。自慢の吊り目は鋭く吊り上がり、そのせいで眉間に大きくシワがよっていた。
唇は片方だけが神経質に跳ね上がり軽く震えていた。
「ふふ……女の子らしい、望みだろ……」
時坂が人を小馬鹿にしたように目を湾曲させて細めた。
「非科学です……」
「おやおや、君のお友達を否定するのかい? いいじゃないか。女の子なら、一度は皆憧れるだろ? 僕の〝ささやき〟に、速水さんが乗ってもおかしくないだろ?」
「そうッス! こう見えても、颯子ちゃん。ちょっと、乙女ッスよ!」
速水が両手の先から炎を上げつつ応える。
その炎は雪野が時折見せていたものよりも勢いも熱気も違っていた。速水が両手の先から出している炎は雪野のそれを圧倒して燃え上がっている。
「うそ……」
雪野がぽつりと呟く。
「何がッスか?」
応える速水の頭上に不意に水が降り掛かって来た。
スプリンクラーが作動したらしい。
そのことが速水が本物の炎を操っていることを如実に物語る。
「ああ、無粋ッスね。水を差すなんて……」
速水が天井を見上げる。そしてじろりとその細い目で水の噴き出すスプリンラーを睨めつけた。
速水の両手の先から炎が消えた。
スプリンクラーの放水に掻き消されたのではないようだ。その証拠に速水はその内の右手をゆっくりと天井に向ける。
「こんなことも、出来るッスよ」
速水が右手を天井にかざすと、
「――ッ!」
スプリンラーが音を立てて破裂した。
速水の指先から雷が逆さまに落ちたように天井に向かって閃光が走った。
「放電!」
その光景に花応が目を見開く。
スプリンクラーは放電してから破裂した。それで栓が詰まってしまったのか、放水が始まった時と同じように不意に止む。
「はは。電撃も操れるッス。増々魔法少女に磨きがかかって来たッスよ」
「炎に、電撃――」
スプリンクラーの放水にぬれたのは速水だけではなかった。雪野は額から水滴をしたたらせながら速水の指先を見つめる。
「魔法少女の力……」
「そうッスよ! やっと信じてくれるッスか?」
「そうね――」
雪野がちらりとジョーの方に視線を流す。
ジョーはようやく天井高くまで煙を積み上げたところだった。
雪野の視線に気づいたジョーがびくりと体を震わせる。
「偽物ね」
「――ッ! 随分とはっきりと、言ってくれるッスね……」
速水の細い目の上で眉毛がぴくりと痙攣した。
「魔術的利き腕は、左手よ」
「何ッスか?」
「古来より、そう決まってるのよ」
「はい?」
「両手で炎を出したり、右手で放電したり。作法がなってないわ」
雪野が両手を招くように挙げた。
それはジョーを呼んだ仕草のようだ。雪野が両手から水滴をしたたらせながらジョーを呼ぶ。
ジョーが羽ばたかずに抜き足差し足でこちらに近づいて来ていた。
「ペリ……」
ジョーは速水の周りを今度も極力遠回りしながら呼ばれた雪野の下へと近づいて来る。
「だから、何ッスか?」
「まあ、私もそこら辺は適当だから。人のこと言えないけど。だけど……」
ジョーが雪野の背中に回り込んだ。雪野を盾に速水から隠れるように立つ。
「ペリ!」
そのジョーの嘴に雪野が遠慮なく左手を突っ込んだ。
「だけど……もっと、作法通りじゃないのがあるわね……」
雪野がゆっくりと左手をジョーの嘴の奥から引き抜く。
その手の先には杖が握られていた。
素材不明の金属と思しき柄に、材質不詳の宝石と飾りがついた杖だ。
「魔法少女って言うのなら、これくらい持っていて欲しいものね」
「魔法の杖ッスか? 流石にそれを見せびらかすのは、現役女子高校生には恥ずかしいッスよ」
「そう? まあ、私もふりふりの衣装は、今更勘弁だけど――」
雪野が杖を眼前に構えた。
己の姿をその杖にうっすらと写し込みながら、
「十年前に〝敵〟を何十と滅ぼした本物の杖よ。偽者さん……」
雪野は妖しい光で目をその奥から輝かせた。