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十二、反せし者 14

「……」

 こつんと足下に当たった古典の教科書。速水がその教科書の開いたページに黙って目を落とす。

 速水がそのまま顔を上げるとその教科書を偶然蹴ってしまった女子生徒と目が合った。

「……」

 クラスメートの首元を掴まえている速水に、無防備で近づいて来る別の少女。

 速水はそんな生徒を細い目で迎え撃つように見つめる。

「花応……下がってなさい……」

「速水さん……あなた……」

 速水の手を押し返すのに精一杯な様子の雪野に応えず、花応がぽつりと呟くように話しかける。

「何ッスか? 桐山さん……」

「あなたの力……」

「非科学ッスか? そうッスよ。科学少女の出番はないッスよ」

「非科学ね……でも、そんな話じゃ――」

「花応を――巻き込まないで!」

 雪野が不意に腕を上下にねじった。右手を引き下げ、左手を上げる。それで強引に速水の腕の力の向きをそらしてしまうと、そのままねじ切るように一気にノド元から相手の腕を外した。

「ははっ! やっぱりパワーも違うッスね! 魔法少女様は!」

 速水が視線を雪野に戻す。

 だが腕の位置は下に戻らないようだ。

 手首を掴まれ速水は両手をじりじりと相手のノド元から離されていく。

「それは、どうも!」

 雪野がかっと目を見開いた。一気に力を入れたらしい。

「――ッ!」

 気がつけば速水の体が反転していた。速水の短いスカートが宙を切ってはためく。投げ出された足が既に天井を向いていた。

「はは!」

 視界を反転させながらも速水は何処かその様子を楽しむように下から雪野をめつける。

「……」

 上下逆さまになった少女二人がねじれた腕を交差させて互いの目を射抜きあう。

 人一人の体を一気に反転させた勢いは軽い突風を巻き起こしていた。

「きゃっ!」

 突然の風に花応が小さな悲鳴を上げた。

「桐山!」

 宗次郎が花応の肩を掴まんと手を伸ばして駆け寄ってくる。

「ペリッ!」

 そこに空いていた窓から野鳥が飛び込んで来た。飛び込んで来たのは勿論ペリカンのジョーだ。ジョーは最後は減速する様子も見せずに教室に飛び込んでくる。

 元より羽ばたき風を巻いて入って来たジョー。ジョーが更なる風を呼び雪野と速水が巻き起こした突風が更にそれを煽った。

 ジョーの羽が辺り一面に飛び散る。

 羽で視界を塞がれながら速水が雪野をめつけたままくるりと一回転する。

 速水が握っていた雪野の手を自ら離した。体の自由を取り戻した速水がそのまま床に着地する。

「あはは!」

「何を笑ってるの!」

 床に腰を落として着地した速水に、その速水に警戒する為にこちらも腰を沈める雪野。

 二人の頭上にペリカンの羽が舞う。

「楽しいからに、決まってるッス!」

 その羽が散り散りに舞った。

 速水は腰を下ろすとすぐに跳ねるように立ち上がっていた。速水は頭上の羽を散らし、天井まで一気に飛び上がっていた。

 羽を背中でまき散らし速水は天井まで飛び上がる。今度は自ら反転して天井に逆さまに着地した。

「欲しかった力が、手に入ったッスしね!」

「速水さん!」

「ペリカン! 煙幕を張れ!」

 宗次郎が花応の肩をようやく掴まえた。宗次郎はそのままアゴで廊下側を指し示す。

「ペリ!」

 空中で羽ばたいていたジョーが返事とともにその嘴を大きく開く。

「スピード! パワー! はは! いい力ッスね!」

 天井に張りついた速水は自らの勢いでその場にしばし止まる。

 宗次郎に後ろから掴まれた花応が、引き寄せられるがままにその声の主の速水を見上げる。

「――ッ!」

 そして天井にとどまった速水のその細い目の奥で妖しい光が瞬いた。

「ジョー! 煙幕! 雪野の前に張りなさい!」

 その光に気づいたのか、それとも本能がそう叫ばせたのか。煙幕を廊下に向かって吐こうとしていたジョー。そのジョーに花応が雪野の方を指差して指示を飛ばす。

「ペリ!」

 突然の指示にジョーが驚きつつも顔ごと向きを変えると、嘴から大量の煙が噴き出した。

 煙幕は流れるように雪野と天井に張りついた速水の間に満ちていく。

「邪魔ッスよ!」

 速水の細い目が鋭く瞬いた。

「――ッ!」

 そして皆が目を見はる中で、

「……」

 ジョーの煙幕は炎に包まれた。

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