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十二、反せし者 12

「速水さん……」

 雪野が速水の名を呟く。唸る息の力を借りてようやく出せた声だった。

 腰は浮かせたがまだ体は全て起こせていない。雪野は教室の後ろの壁に手を着きながら、中腰になって速水を見上げた。

「ははっ! そうッスよ! 自分速水ッス! 光の魔法少女さん!」

 速水が雪野を上から覗き込む。かがめた腰が挑発的に胸を前に突き出させた。それでいて雪野の顔と同じ高さになった速水の顔は、アゴを前に突き出して相手の顔を見る。

「……」

「……」

 正面から二人の視線がぶつかった。

「何で、こんなことをするのか分からないけど……」

 雪野が手を壁に着いたままようやく立ち上がる。

「ふふ……」

「皆を巻き込むつもりなら、容赦しないわ……」

 雪野が大きく胸を上下させた。息を大きく吸い込み呼吸を整えようとする。

「いいッスね! 光の魔法少女らしい、ウザい正義感! いいッスね!」

「何度も言わせないで……私は別に『光の』なんて、言われるような人間じゃないわ」

 雪野の息は早くも整い始めていた。

「それは困るッスよ。光のような、眩しい存在でいて欲しいッス」

「おあいにく様。私は普通よ」

「そうッスか? 謙遜し過ぎッスよ! 例えばスビード!」

 速水の姿が雪野の前から消える。

「おお……」

 廊下からどよめきが起こった。生徒達にはまさに速水が消えたとしか見えなかっただろう。

「く……」

 雪野が漏らすように唸ると身を翻す。他の生徒の誰もが速水の姿を見失う中、雪野だけはその姿をかろうじて追えたようだ。

「はは! 残念!」

 速水は雪野の真横に移動していた。そして速水が雪野の首を掴まんと両手を伸ばしていた。速水の両手が雪野の首筋をとらえ、雪野がそうはさせまいとこちらも両手を自身の首筋に持っていっていた。

 速水は雪野の首を締め上げ、雪野が何とかその速水の手首を掴み返している。

 雪野が速水の手首を掴み返していることで、何とか完全に首を閉められるのを防いでいた。

 気がつけば全てがそこまで終わっていた。

「ほら! 自分のスピードに着いて来れてるッス! これの何処が普通ッスか?」

「ぐ……この……」

「まあ、ちょっと遅いッスけどね! どうせ光の魔法少女様なら、光の速さで移動したらどうッスか!」

「……」

 速水の言葉に時坂が不意に不敵な笑みを浮かべる。

「ちょっと! いい加減に、しなさいよ!」

 花応が肩を怒らせて声を荒げる。花応は雪野の吹き飛ばされた後に残されていた。その花応のかかとが浮く。

 今にも駆け出して雪野達に近づきそうになるのを、

「花応……来ちゃダメ……」

 雪野が鋭い視線を向けて目だけで花応を押しとどめる。

 雪野の声はノドを締められ絞り出すように震えていた。

 力強い視線と声が花応が近づいてくるのを拒絶する。

「雪野……」

 花応がその視線と声に押し返されたようにその場にたたらを踏んで踏みとどまった。

「河中……花応を押さえてなさい……」

 雪野が両手にぐっと力を入れた。雪野の両手が速水の手首に音まで立ててめり込んでいく。

「お、おう……」

 宗次郎が花応に駆け寄りその肩を後ろから掴んだ。

 花応は宗次郎に掴まれるがままに任せてその場にとどまる。

「これで安心ね……」

「おや? 河中が、そんなに頼りになるッスか?」

「そうね……ちょっと、押しが弱いのが……いつも不満で、心配だけどね……」

 雪野が絞り出すように答える。

 それは首を締められているからではないようだ。

 雪野の手首に青筋が浮かび上がっていた。力づくで速水の両手を己のノド元から引きはがそうとする。

「まああれは、甲斐性ないッスしね! 自分らで、力づくでくっつければいいッスよ!」

「そうね……いざとなれば、私達でくっつけちゃいましょうか……」

 雪野の青筋はこめかみににも現れていた。

 渾身の力で雪野が速水の両手をこじ開けていく。

「はは! やっぱり光の魔法少女様は、パワーもあるッスね! 凄い力ッス!」

 速水が両手の指を虚空に踊らせた。一度は掴んでいた相手のノドクビを、再び掴まんと引きはがされた両手の指が舞った。

 だが本気で掴み直そうとしたのではなく、今まさに両手が引きはがされたことを確認しただけのようだ。

「もう、引きはがされたッスよ!」

 速水の両手はリズミカルに宙を舞い、踊るように虚空を掻く。

「あなたもね……女の一人抱えて、壁を飛び越えたんですもの……」

「そうッスね……スピード、バワー……誰もが憧れるあの力……」

 速水の細い目が雪野を睨め付ける。

「スピード……パワー……人間離れした力を手に入れたのが、速水さんの力ってこと……」

 後ろから宗次郎に肩を掴まれたまま、

「人間の体が、着いていける訳ない……非科学だわ……」

 花応はじっとその様子を見つめて呟いた。

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