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十二、反せし者 11

「あははははっ!」

 奇声を発して速水の姿が皆の前から消える。

「――ッ!」

 雪野が僅かばかりに左に視線をずらす。声を出す余裕も、顔ごと横に向く時間も与えられなかったようだ。

 誰もが速水の姿を消えたとしか認識できなかっただろうその一瞬に、雪野の目は窓際を僅かにとらえていた。

 速水は重力に逆らったかのように窓と窓の間の柱に腰を沈めていた。自ら一度そちらに飛びその勢いで壁に足を着いたようだ。まるで地面に深く腰を下ろし空に飛び上がろうとするかの体勢だ。

「……」

 速水は体を横にしながら、雪野を見上げて不敵に笑う。

 だが速水の姿が曲がりなりにも見えたのはその瞬間だけだった。

 再び速水の姿が柱のから消える。

「ぐ……」

 ようやく顔ごとそちらに向けることができていた雪野の口元が、アゴが外れんばかりに苦痛に歪んだ。

 雪野は速水の姿を追うと同時に花応を後ろを突き飛ばしていた。

「きゃっ!」

 小さな悲鳴を上げる花応がよろめくに、雪野の顔はアゴ辺りを軸に斜めに曲がる。

 揺れる雪野の小さなアゴに速水の右の拳が叩き込まれていた。

 それも認識できたのは拳が雪野のアゴに埋まり、ようやくスピードが落ちた後だった。

 そしてアゴだけではその勢いを受け切れなかった。アゴへの一撃は雪野の背中も曲げた。それでも全ての衝撃を受け切れない。

 雪野は体わ横にくの字に曲げながら後ろに吹き飛んでいった。

「が……」

 先に己が突き飛ばした花応より早く、雪野の体は床に激突するように倒れていった。雪野は教室の後ろの壁際まで吹き飛んでいた。

「雪野……」

 雪野に突き飛ばされヒザを着いた花応。その目の前を吹き飛んでいった雪野に花応は名前を呼ぶことしかできない。

「ぐ……」

 今の今まで目の前に居た速水が消えた宗次郎も唸ることしかできない。

 止めようと伸ばされていた手はむなしくくうを掴んでいた。

 そしてその横にそらを飛んで来たかのような速水が音を立てて着地する。

「おいおい!」

「いやぁっ!」

 廊下の窓から中の様子を伺っていた生徒達がその様子に怒号と悲鳴を上げる。その頃にはもう他の教室からも教師や生徒が廊下の外まで駆けつけていた。

 中の様子を伺いながらも後ろに腰が引けている元々教室に居た生徒達。その生徒達が作り出した壁を後から来た人間が、その壁越しに中の様子を伺おうとして押し戻す。

「おい! 押すなって!」

「こら! 何が起こってる! 静かにせんか!」

「マジかよ! 千早の奴! 吹き飛んだぞ!」

 状況に怯え後退る生徒達と、状況を確認しようと前に出ようとする生徒達。後ろと前に押し合う力が廊下で混乱の中せめぎあっていた。

「やれやれ……」

 雪野が床に激突した際に派手にホコリが上がっていた。そのホコリにうるさげに目を細めて時坂が廊下に目をやる。

 うるさげに感じていたのはホコリだけではないようだ。時坂は廊下に群がった生徒達を軽蔑に目を細めて一瞥した。

なんだ? 何事だ!」

 教師の一人がドアの向こうに人並みを掻き分けて近寄ってきた。

「古典の先生が倒れてるぞ! お前ら何をやって――」

 口から唾を飛ばしてドアをくぐろうとしたその教師の目前で、

「――ッ!」

 小さくはあるが目も眩むような閃光が爆発音とともに弾けた。

「うお……」

 その突然の爆発にドアをくぐろうとしていた教師が後ろに仰け反った。

 教師は仰け反るだけでなくその勢いで廊下に腰まで着いてしまう。

「先生、危ないですよ。何やら、起こってますから」

 指を鳴らした形に固めた左手を突き出しながら、時坂が速水並に薄く開けた目で笑みを浮かべる。

「な……」

 教師は廊下にへたり込んだまま唸ることでしか返事ができない。

「立つっすよ、千早さん……」

 周囲の喧噪には目もくれず、速水は自身が壁際まで突き飛ばした雪野を見つめる。

「く……」

 雪野は壁に手を着いて立ち上がろうとしているところだった。

 それでもすぐには立ち上がれないようだ。

 よろめきながら雪野がようやく床から腰を浮かせると、

「誰もが憧れる力……その程度の早さ……余裕ッスよね……」

 既にその目の前に速水は立っており陰を落として雪野を上から覗き込んでいた。

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