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十二、反せし者 10

「な……」

 唐突に割って入ったその声に、花応が驚きに顔を上げる。

 それは他の生徒も同じだった。突如現れた時坂の姿に教室中が再び色めき立つ。

「先生まで、気絶させて。やることが大げさ過ぎるね」

 時坂は驚く生徒達を気にも止めず教壇の方に首を巡らせた。

「誰か何人か連れて、先生を保健室に。担いでいくことになるから、力自慢の男子が中心にね。他の生徒は教室の外へ。ここは僕に任せて」

 時坂がてきぱきと指示を出すが、クラスメート達はすぐには動かなかった。

 足がすくんでいるのか、思考が止まっているのか。生徒達は互いに互いの姿を盗み見るだけで次の行動に動こうとしない。

「やれやれ……いちいち全部指示が欲しいかい……それとも優しく教えないとダメかい……一人一人〝ささやいて〟もいいけど……」

 時坂が最後のセリフを宗次郎に向かって呟いた。

「く……」

 宗次郎が時坂に正面から向き直って身構えた。

「ふふん……それも面倒か……価値もなさそうだ……」

 時坂はそう呟くと不意に右手をあげて指を鳴らした。

 皆の頭上で閃光と爆発音が上がった。

「――ッ!」

 突然の出来事に生徒は声に鳴らない悲鳴を上げる。

「キャーッ!」

 そして遅れて悲鳴が上がる。女子生徒の何人かが頭を抱えて教室の床にしゃがみ込んだ。

「例の爆発……」

 女子生徒達が互いに身をすくめ合う中、花応は閃光の起こった天井辺りをぐっと見上げる。皆が身をすくめ目をそらす中、花応だけがその閃光の跡に目を凝らし続けた。

「おい! 皆! そこのセンセーを抱き起こしてやれ、誰でもいいって! 一番近いヤツに頼む! ああ、他の連中は隣のヤツを見て、へたり込んでるヤツをつれて、一緒に教室の外へ! とりあえず外に出ろ! こいつらが暴れ出さない前に!」

 宗次郎その爆発に背中を叩かれかのようにぴんと伸ばし、両手をかしわ手に叩き皆に指示を飛ばした。

 両の掌を叩きつけた甲高い音が功を奏したのか、生徒はそれぞれの顔を真正面から見合わせて動き出した。

 古典の教師の近くに居た男子生徒が数人その体を抱え起こす。女子生徒が互いにしがみつくようにしてドアへと向かった。腰が抜けてしまった生徒の肩を他の生徒が支えてとドアへと向かう。

 出口に殺到する生徒達。統率の取れていないそれは、我先にとドアに群がった為にお互いがお互いを邪魔してすぐに外に出られなくなってしまっていた。

「慌てんな! ゆっくりでいい! ああ、センセーと腰が抜けてるヤツは先に通してやれ!」

 一度は互いの体で押し合いになって塞がってしまった人の流れが、優先すべき人間を先に通すという目的で勢いが止まる。そのことで冷静になったのか教師がドアの向こうに運ばれていくと、他の生徒達は急いでいはいるが滑らかにドアを次々とくぐっていった。

「おやおや、嫉妬するね。河中くんの方がリーダシップがあるなんて」

「ちょっと黙っててもらえますか? てか、引っ込んでてもらえますか? 生徒会長……」

 宗次郎が時坂を睨みつける。怒りにかその手は大きく戦慄わなないていた。

「ふふ……その生徒会長だからね。こういう騒動の時に、引っ込んでる訳にはいかないよ」

「てか、誰が暴れるッスか? 人を恐竜みたいに、言わないで欲しいッスね」

 騒動そのものを作り出した速水が、こちらも宗次郎を細い目で睨みつける。

「もう既に、暴れてんだろ、速水……」

「はは! そうッスね! 河中! もう自分! 暴れてたッス!」

「実際十年前に大暴れしたのは、千早さんの方だよね……まさに〝ちはやぶる〟力だったよ……」

 時坂が雪野に目を移す。

「何の話ですか?」

 雪野の目が油断なく時坂のそれを射抜く。

 それぞれがそれぞれに相手を睨みつけた。

 その背後では後少しで全ての生徒がドアをくぐろうとするところだった。


「ちはやぶる神代もきかず竜田川からくれなゐに水くくるとは――」


 時坂が雪野の視線に平然と己を曝しながら静かに唄い出した。

「はい? 何ですか?」

 時坂の意図が読めなかったのか、雪野がぴくりとまぶたを一つ痙攣させて苛立たしげに聞き直す。

「ちはやぶる神代もきかず――は、不思議なことが多かった神代でも聞いたことがないって意味らしいよ……」

 時坂がそこまで口にすると、

「……」

 速水が自慢の目よりも薄く口を笑みの形に開いた。

作中小倉百人一首に関しましては、以下を参考にさせて頂きました。


サイト

http://www.shigureden.or.jp

http://www.shigureden.or.jp/about/database_03.html?id=17


書籍

『知識ゼロからの百人一首入門』監修・有吉保|(幻冬舎)

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