二、ささやかれし者8
「演劇部の練習よ」
雪野は一瞬で笑顔を取り戻すと、差し出された写真にざっと目を通した。
校舎の教室から下に身を乗り出して撮ったであろうその写真。そこには小さくスモークで霞みながらも、確かに雪野が魔法の杖を振りかざしている。その尖端から赤く伸びている輝きは確かに炎の光だった。
雪野のは笑顔のままで写真の端々まで一瞬で目を走らせた。
写っているのは雪野だけ。
そのことを確認したのか、雪野はそのままの笑みで宗次郎の顔を見上げる。
「それにしては派手過ぎないか? スモークの上に炎まで出して?」
「……」
その様子を花応が後ろで息を呑んで見守る。
食堂の生徒は少なくなり始めていた。昼休みも終わりが近づいている。
「いいじゃない? それにしてもよく撮れてるわね。後でデータもらえない?」
「……」
宗次郎は答えない。
「あらダメだった?」
「いや、いいよ。メアドくれたら、データ送るよ。さっきも言ったけど、いつ撮ったのかも覚えていない写真なんだが。確かに俺が撮ったんだろうしな。このちょっとピンぼけ具合が、実に俺らしい」
宗次郎がズボンのポケットから携帯を取り出した。
「別に、よく撮れてるじゃない」
雪野がスカートのポケットから携帯を取り出した。そのまま慣れた手つきで操作する。
「そうかい? それにしてもいつ撮ったか記憶にないことを、もっと不思議に思うかと思ったんだけど?」
「……」
雪野の指が止まった。
「ん?」
「別に。河中らしいじゃない?」
「そうか? ほら、赤外線でくれ」
宗次郎が携帯を前に差し出し、雪野がそれに向けて携帯をこちらも差し出す。
メールアドレスを交換しようと、二人して携帯を差し向かいにした。
「……」
「……」
だが二人はそれぞれの携帯よりは、互いの表情が気になるようだ。
宗次郎が無言で雪野の顔を見つめ、雪野が満面の笑みでその視線を受け止める。
アドレスの交換という友好的な交流にしては、妙にそぐわない緊張感が二人の間に流れた。
目に見えない緊張の糸が、まるで携帯の赤外線の形を借りて張られたかのようだ。
「ちょっと……何よそれ……」
そんな二人の緊張の糸をぷっつりと切り、花応がまじまじと二つの携帯にその自慢のつり目を寄せる。
「何? 花応?」
「何だよ? 桐山?」
雪野と宗次郎の携帯にじっくりと顔を寄せた花応。その驚きに目を見開いている様子に、二人は先程のまでの緊張感を忘れ戸惑いの声を上げる。
「なるほど! 携帯に赤外線機能がついているのね! 確かに近距離の送受信なら、その方がいいわ! 赤外線は電波より回折は少ないし、障害物にも弱い! でもむしろそれが通信の秘密を簡易に成し遂げるはずよ! 近距離通信にはもってこいね! 科学的だわ!」
花応がまるでその赤外線が見えているかのように、嬉々として目を輝かせた。
花応が鼻息も荒く二つの携帯の間に顔を寄せる。
「花応……」
雪野がその様子に困ったように右手で顔を覆った。
「何言ってんだ、桐山? お前だって携帯ぐらい持ってるだろ?」
宗次郎が呆れた顔を花応に向ける。
「むっ! うるさいわね! 携帯はなんだか、苦手なのよ! それにメアド交換するような友達なんて――あっ! 雪野!」
「何よ?」
「私のもやってよ! 赤外線通信! 雪野のアドレス送って!」
花応が慌てたようにスカートのポケットに手を突っ込んだ。
「花応のは、私が昨日直接電話帳に入れたわよ」
「何でよ?」
「花応が自分で『携帯無理!』とか叫びながら、私に投げてよこしたんでしょ? 私がアドレス訊いた時に」
「そうだっけ? ぐぬぬ……でも、こんな科学的な機能がついてるなら、試してみたかった」
花応は取り出した携帯を悔しそうに握り締める。
「何なら、俺が交換してやろうか?」
宗次郎がまだ持っていた携帯を花応に向ける。
「えっ?」
「ほら。どうせ桐山のも聞いておこうと思ってたんだよ」
「えっ? えっ? 何で、あんたが私のアドレス……」
「別に、クラスメートなら普通だろ? 話したこともないならともかく」
宗次郎がほらっと携帯を一つ揺らして前に突き出した。
「でも……」
携帯を握り締めた花応の手から力が抜けていく。
「もらっとけば? 花応の電話帳。会社とか、法律事務所とか、研究室とか。何だが世知辛い番号しか載ってなかったわよ。少しは交友関係を拡げなさいよ」
「え……じゃあ……」
花応がおずおずと携帯を前に差し出した。
「ほいよっ!」
宗次郎が軽い調子で携帯を操作すると、
「あ、ありがと……」
花応はアドレスを受け取り小さな声で応えた。