十二、反せし者 7
「……」
その男子生徒は授業中に天井を見上げた。斜め上を軽く見上げ、そこにある天井ではなくその向こうを見通すように視線を向ける。
微かに天井が揺れていた。
それは余程注意していなければ分からなかっただろう。
もしくは予想していなれば、気にも止めなかったかもしれない。
実際教壇で生徒達に背中を見せて板書する教師も、それを一心不乱に書き写す生徒達も誰も気づいている様子はなかった。
その男子生徒はそんな教師と生徒達を上げていた首を下ろして見回した。
黒板に何かか書かれる度にそれを追随するように埋まっていくノート。その作業にだけ没頭する為に黒板とノートだけ行き来する生徒の視線。実際多くの生徒のノートはただ板書のままを書き写すだけで埋まっていく。
一人天井を見上げた男子生徒の手元のノートは少し違っていた。教師の板書と開いていた教科書の内容が、彼だけが書き込んだ注釈や線で埋められ書き直されている。
男子生徒が隣の生徒達のそんなノートと姿勢を冷たい目で見つめる。
だが今興味があるのは天井の向こうの状況のようだ。
「やれやれ……始めてしまったか……」
僅かばかりホコリが落ちてくる天井を再び見上げてその男子生徒は一人呟く。
ホコリは傾き始めた陽光の光を受けてかすかに光って見えた。
「……」
男子生徒はじっと思案するように天井を見る。
「どうした、時坂? 生徒会長が、授業中上の空か?」
男子生徒の様子に気づいた教師が板書をしていた手を止めて呼びかけてくる。
「ええ。何か上が騒がしいなと思いまして」
呼びかけられた男子生徒時坂は、それも予想していたかのように静かに前を向き直った。
「『騒がしい』? 何がだ?」
時坂の言葉に教師が不思議そうに天井を見上げる。
時坂と入れ替わるように教室中の生徒が天井を見上げた。
だが特に変わった様子も見えず皆がいぶかしげに首を傾げると、
「――ッ!」
今度は音を立てて天井が揺れた。
その突然の音に教室中の人間がとっさに首をすくめた。
音が止むと皆が顔を見合わせて騒ぎ出す。
「おい、落ち着け」
教師がそんな生徒に手を伸ばして落ち着かせようとした。浮き足立ち立ちがりかけた生徒を上から下に手を振っておさめようとする。
「だって、ただ事じゃない音でしたよ」
「ええ……また異常気象……」
「おいおい、この学校何か、あり過ぎ……」
だが他の教室からも聞こえてくる騒がしい雰囲気に、生徒達は更に互いの顔を見合わせて騒ぎ始める。
「だから、落ち着けって、お前ら!」
教師自身がその雰囲気に呑まれ始めたのか、苛立たしげに声を荒げた。
衝撃音ととも揺れた天井はその天井に張りついていたホコリを巻き上げていた。
音とは違いホコリがゆっくりと生徒達の頭上に落ちてくる。
未だ天井を見上げていた生徒達はそのホコリが目に入りそうになり、しかめっ面をしながら天井を見上げ続ける。
「――ッ」
その天井がもう一度音を立てて揺れた。
「キャッ!」
女子生徒の何人かがその声に大小の悲鳴を上げる。
そして幾人かの男子生徒は席から立ち上がっていた。
「おい! 落ち着け! 座れ! お前ら!」
教師が今度も慌てたように手を振った。それでいながらどうしていいのか分からないのか、教壇で右往左往するように右に左にと移動した。
教師はそれ以上することが思い浮かばないようだ。ただ天井を見上げて見えるはずもない音のした方におろおろと首を巡らせる。
「……」
そんな中時坂がすっと音もなく席を立った。
他の席を立った生徒が浮き足立つ様そのままに腰を中腰で浮かせているのに対して、時坂はまるで今から帰宅するかのように自然と立ち上がる。
「おい! 時坂! お前からも、皆を落ち着かせろ!」
「ではまず先生が落ち着かれるべきですね」
時坂は冷たい視線を教師に向ける。
「な……」
男性教師はその場で固まったように立ち尽くした。
「どうやら、また〝何〟か起こっているようです」
「あ、ああ……そうだな……」
「見て来ますよ……生徒会長として……」
時坂がそう告げながら席を離れよとすると、三度目の衝撃が教室を襲った。
「キャーッ!」
甲高い女子生徒の悲鳴とともに皆の視線が天井に向かうと、
「ふふ……」
時坂の姿は既に教室から掻き消えていた。