十二、反せし者 4
「く……」
速水の突然の行動に雪野が唸るように息を漏らす。
「ふん……」
速水がこちらを呆然と見つめてくる雪野に息を吹きかけるように鼻で笑った。
昼の日差しが天頂から少し下った午後一番の授業。昼食後の眠気に抗いながら始まるはずのその授業が、異様な雰囲気に包まれていた。皆が突然のことにその場を動けず声を出すこともできない。
「……」
「……」
席に着いていた雪野。その雪野の机に腰掛ける速水。速水が二人はクラス中の視線を集めながら睨み合う。
突然のことに戸惑うクラスメートの視線が教室中を漂う。
二人の関係と力を知る者と知らない者で、その視線の動きが違った。花応と宗次郎は、息を呑んで二人の次の動きに見入ったように動けない。氷室と天草は、少しでも事情を知れないなかと花応達と雪野達を交互に見る。
男性教師は立場上動こうとするが、状況が理解できないのか呆然と二人を見るだけだ。そしてクラスメートは誰かに判断を求めるかのように周りの生徒と見合わせながらちらちらと雪野達を盗み見る。
教室の後ろの方の席の雪野に皆の視線が戸惑いながらも集まっていた。
「何やってんのよ……」
そんな中、花応ががたっと音を立てて席を立った。ようやく動けた花応だったが余程慌てたようだ。イスが後ろに倒れそうになり、後ろの席に当たって止まる。
「何って……力見せつけてるんッスよ……」
雪野から目だけ動かしてその細い目だけを速水が花応に向ける。
「な……」
速水の答えに今度は雪野が本当に唸った。
「おや、何を驚いているッスか?」
雪野の声に速水が嬉しそうに目を戻した。相手の席に腰掛けたままで斜めに身を傾けた速水は、見ようによっては親しげに雪野に語りかけているようにも見える。
休み時間の友人同士ならありふれた光景だったかもしれない。だが今は既に授業は始まっており、速水はここに至るまでその異様な力をクラスメートに見せつけていた。
事情を知らない者が見れば瞬間移動にしか見えない力を見せた速水に、教師を始めとするクラスの全員が未だに動けない。
「お、おい……速水……」
それでも責任感が勝ったのか男性教師が、速水の方に手を伸ばしながらおぼつかない足取りで一歩前に踏み出した。
「何ッスか? 先生」
速水が教師に応えた。それもその男性教師の横に並び、馴れ馴れしいまでに肩に手を伸ばしてもたれかかりながら応える。
「ひっ……」
突然横に現れた速水に男性教師が小さな悲鳴を漏らす。
「失礼ッスね。現役女子高校生が、教師にじゃれてるッスよ。喜ぶトコッスよ。悲鳴はないッスよ」
「おまえ、さっきまで……千早の席に……」
「ああ、こういう力ッス……」
「『力』? 何の話だ……」
「まずは、超スッゲー速いスピードッス。ありゃ、何かかぶりまくりッスね」
「だから、何の話だ……」
「さあッスね。もらった力ッスからね。千早さんの方が、詳しいッスかもね」
速水が更に教師の肩を引き寄せながら応える。それでいてその細い目は今度は遠くから射抜くように雪野を見ていた。
「あなたね……速水さん……」
雪野が席から立ち上がろうとすると、
「どうしたッスか?」
その肩を速水が押さえていた。
教壇から教室の後ろの方の席の雪野の場所へ、今度も速水は一瞬で移動してみせた。
「ぐ……」
肩を押された雪野は立ち上がることができない。
「おや、立ち上がって、注意しないッスか? こんなところで、力を使うんじゃありません――とか、優等生らしいセリフはどうしたッスか?」
自身の手で押さえられて立ち上がれない雪野に速水が今度は立ったまま顔を寄せる。
「速水さん……あなたどうしたの?」
「『どうした』って? 仲睦まじいクラスメートの皆様に、自慢の力を見せて上げただけッスよ」
「何で……」
「隠し事はよくないッスよ。特に、あったことをなかったことにするようなのは、よくないッス。中庭で暴れて、教室で暴れても、皆が誤摩化されたッスよね? 人の記憶にまで、手を出すなんて、人としてどうかと思うッスよ」
「……」
雪野が奥歯を鳴らして速水を睨みつける。席に押し返されている雪野のその視線は、自然とまぶたを剥いて上目に睨み上げるようなものになった。
「おやおや、多少は気が退けてたッスか? 怖い目してるッスよ」
「速水さん……あなた……」
「そうッスよ! もっと力を見せて欲しいッスよ!」
速水がその細い目を剥いた。
「――ッ!」
それと同時に雪野の体が突然宙に浮き、
「魔法少女なら、魔法少女らしく――ッスね!」
雪野は背中から天井に吹き飛ばされていた。