十二、反せし者 2
「で、あれだ長々と聞かされたが。俺の疑問の疑問の答えは出てないんだが? お昼休みの腹休めな時間を、延々と科学の為に頭使わされただけなんだが?」
新聞のエースを自負する男子高校生――河中宗次郎は、その部活動で愛用のカメラを持ち上げた。宗次郎はそのカメラこそ今皆の注目を浴びるべきだと示さんとか、お昼をともにした女子二人の目の前で振ってみせる。
お昼休みも終わりそうな教室の時間帯。ちらほらと外で時間を過ごしていた生徒達が教室に戻り始めていた。その中で通路に席を寄せて座っていた宗次郎は、時折後ろを通ろうとする生徒の為に腰を上げて道を作る。
背もたれを前にした宗次郎がその背もたれに肩から腕を持たれかけさせ、その右手の先でぷらぷらとカメラを振った。
そして道を空ける為に宗次郎が腰を浮かせたイスは、背もたれごと前に倒れてこちらも不安定に揺れた。
「何でよ? 答えでたじゃない。アレのアレは、エアロゲルね。間違いないわ」
お昼休みの残りの時間を延々と科学談義で埋めた科学の娘――桐山花応が、むっと抗議に頬を膨らませた。相手の意見を頬の内側から耳栓するかのように、食事も終わったはずの花応の頬が今まで一番膨れた。
「『アレのアレ』って、名前ぐらい呼んでやれよ。お前の可愛いペットだろ?」
「はぁ? 冗談。何処が『可愛いペット』よ?」
花応の頬がすぐに萎み今度は斜めに歪んだ。鉄のつっかえ棒でも頬に入れたように、花応の左の頬が引きつり上がり、右の頬がぐっと閉められる。
「可愛いだろ? ペリカンのペット? 羨ましいな」
「棒読みで言われても、説得力ないわよ。あんただって、飼う気さらさらないでしょ?」
「そうだな。じゃあ、可愛くないペットだな。アレだとか、ペットの扱いがヒドくないか、桐山?」
「ちょっと、何勝手にペットの部分を既成事実にしてんのよ。ねつ造報道なんて、ジャーナリストとしてどうなのよ、河中」
「ねつ造なんか、してないだろ? なんだかんだで、可愛がってるように見えるがな。本質はそこだろ? その観点から、アレ呼ばわりは、どうよと思う訳よ?」
「ふん。適当言って。いつか痛い目に遭うといいわね」
「肝に銘じるよ」
「ふん。あんな非科学な生き物。アレで十分。アレが吐き出すアレが、もし本当にエアロゲルなら。多少は見直してもいいけど。まあ、生成過程が非科学なのは、何処までも許せないけどね」
ふんと鼻を鳴らして花応が窓の方に向かってそっぽを向いた。
「ああ、あんたは別よ、雪野。非科学でも」
そしてすぐに慌てたように顔を正面に戻した。
「あれ? エアロゲ何とかで間違いないんでしょ? じゃあ、見直しは決定じゃないの、花応?」
自らも非科学な力を使う魔法少女――千早雪野が特に気にした様子も見せずに応える。右手の指をぴんと天を指すように伸ばし、その指先をアゴの下にもって来た。
問いかけながらそこから何か転がり出てくるの期待するかのように、雪野は突き出した指の上で自身の頭の中を覗き込むように小首を傾げる。
「むっ。それは言葉のあやよ。多分そんな言葉で言いあわされる揺らぎよ。てか、エアロゲ何とかって何よ? エアロゲルぐらい、単語覚えなさいよ」
「あっ、そ。で、河中。エアロ何々が――」
「エアロゲル」
「そ、そのエアほにゃららが何だっての?」
「エアロゲルだって、雪野」
花応が眉間にシワを寄せて雪野を睨みつける。
「そのエうんたらかんたらがだな」
宗次郎がようやく話が回って来たとばかりに、手にもったままカメラを勢いよく上下に一度振って止める。
「エより後ろの方が長いでしょ? 何でエしか残んないのよ? 何でわざわざ長く言うのよ?」
「いや、まあ気分だよ。で、ほら見てくれ」
宗次郎が花応と雪野に見えやすいようにとカメラのモニタを上にして机の上に置いた。
そこには撮影済みのデータが写し出されている。
やはりそれは花応がエアロゲルだという煙の様子だった。
「ん?」
花応がその写真を覗き込む。
「んん?」
同じ写真を雪野も覗き込んだ。
「あいつの力は、〝これ〟だったか……これはあいつのスピードで、どうにかできるのか……」
宗次郎が真剣な顔で呟くとその頭上で始業を告げるチャイムが鳴り出し、
「……」
その背中の向こうでは未だ主の帰らない席が一つ壁際にぽつりと空いていた。