十二、反せし者 1
十二、反せし者
「ふふ……」
男子生徒が暗い笑みを浮かべた。
生徒会長の時坂昇生だ。時坂が生徒会室で一人窓際で陰にこもった笑みを浮かべている。
窓に腰掛けた時坂には陽の光が燦々と振りそそいでいる。
時坂の背中では窓の下から聞こえてくる生徒のはしゃいだ声が聞こえてくる。まだ明るいお昼休みの時間。その陽の高いグラウンドや中庭でお昼を終えた生徒達が走り回っていた。
まるで一瞬たりとも太陽の光を受け損ねるともったいないとばかりに、生徒が学校のそこら中を走り回わりあちらこちらで太陽の光をその身に浴びていた。
その明るい光の下で時坂は暗い笑みを浮かべていた。
いや、明るい陽の光があるからこそ時坂の笑みは暗く陰にこもるのかもしれない。僅かに前に傾けた額が、時坂の目の下に陰を落としいた。
その陰を何かが一瞬照らし出す。
「……」
時坂が指先を己の鼻先に持ち上げていた。
その時坂の指先で淡い光が瞬き、そしてすぐに消えていった。
一瞬の煌めきは陽の光に抗い時坂の目から暗い陰を吹き飛ばす。
だがそれは無駄な抵抗だった。すぐに時坂が作り出した光は消え、陽の光が時坂の額に再び陰を落とす。
時坂はそのことを悟ったのか背中を窓枠に預けたまま空を見上げた。
天頂に昇った太陽が熱と光を降り注いでいる。
「やれやれ……こんな力を手に入れても、陽の光には勝てないね……」
時坂が目をまぶしげに細めた。
太陽からの直射日光は目には痛みすら感じさせる。時坂は痙攣めいた動きでまぶたをひくつかせると、それでも太陽を見上げ続けた。
「……」
時坂はまぶしさ故に細めた目を更に挑むように自ら鋭く細めていく。
「明る過ぎる光は、まともに見ることもできない……ましてや空から見下ろしてくる光には、不躾な目で見上げる他はない……」
時坂は一人呟き続ける。
その時坂の頭上で女子生徒の荒げた声が響き渡った。
屋上からだ。
時坂の居る生徒会室のすぐ上が屋上だった。そして声を荒げた女子生徒もすぐ真上に居るようだ。
屋上から苛立たしげで、それでいて鋭い声が空気を切り裂き生徒会室にも届けられた。
続いて上がったのは別の女子生徒の悲鳴めいた声だった。恐怖のあまりに、かすれて声にならない悲鳴が屋上の同じ場所から上がった。
「だから、鬱陶しいよね……分かるよ……君の気分は……」
だがその憎悪と悲鳴の一対の声を耳にするや、両の頬に甘い蜜を垂らされたかのように時坂の頬が弛緩する。
「……」
時坂がその二つの感情を味わおうとするかのようにそっと目を閉じた。
だが空を見上げたままの時坂のまぶたは、それでも陽の光に照らされ続ける。
薄い皮膚のまぶたではこの天頂に昇った日の光から己の瞳を守り切ることができなかったようだ。
時坂は閉じたまぶたをまた痙攣させる。
屋上から最初の女子生徒がまくしたてる苛立たしげな声が響いて来た。
友人がどうのと叫んでいるようだ。
「目を閉じても無駄か……本当に鬱陶しいね……真っ当過ぎる光の力は……」
時坂がその叫びに耳を傾けながらうっすらと目を開けた。
陽の光はまぶたを開けたその時から時坂の瞳を射るように降り注ぐ。
「……」
時坂は尚も続く女子生徒の荒げた声を聞きながら、太陽に向かって右手をゆっくりと挙げていく。
時坂は指を広げると太陽を隠すように掌をその光に向ける。
広げられた時坂の手で太陽が覆い隠された。掌が作った影に時坂の顔が僅かに覆われる。
だがその光はその指の間の端々からも間断なくこぼれてくる。
指の端からこぼれてくるのは、屋上からの女子生徒の叫びもそうだった。
自分がどうのと訴えているようだ。
「目を閉じても、無駄……」
時坂がこぼれ来る光に目を細めながら呟く。
「隠しても、無駄……」
時坂は掌から力を抜くと右手の中指と親指の先をおもむろにくっつけた。
「……」
指を鳴らす形に整えると、ぐっとその指先に力を入れる。
「抗っても――」
同じ手の指ながら、互いに反対の方向に力が込められる。
時坂の指先が弾けた。
力の解放された中指が親指の付け根を打ちつけ音を鳴らす。
太陽の光の中で時坂の指先から光が瞬く。
天空を全て照らす太陽の中で僅かに輝いた時坂の光。
その僅かな光に目を細め陽の光を満顔に浴びながら、
「無駄……か……」
時坂は頬を歪めるとやはり暗い笑みをその光の中で浮かべた。