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十一、ヤミ人 30

「な……何よ……」

 その女子生徒は一歩よろめくように後退あとずさった。

 女子生徒は後ろに倒れるように一歩身を退く。

 後ろに逃げようとするのに足がすくんで動かなかったようだ。少女はよろめく上半身を慌てて支えるように、むしろ貧血でも起こしたように自然と倒れそうになった勢いの助けを借りて、力なく一歩後ろに退いた。

 少女はそれでようやく目の前に迫って来たモノから逃げることができた。

 だがまだ完全には逃げ切れていないようだ。

「ひっ……」

 少女は怯えたように唇を戦慄わななかせ、一気に血の気の退いた顔で小さな悲鳴を上げた。

 そこにあったのは鋭く対をなす眼光だった。

 下段に構えられた二振りの刀のように、そしてそれ自身がその刃で斬られた刀傷のように、すっと目が細められている。

 そしてその眼光の奥の瞳の光は、刃のぎらつきそのままの触れれば斬られそうな光を放っていた。今まさに斬り掛からんと構えられた一対の刃がその持ち主の内面の表しぎらついていた。

「……」

 己に注意をして来たその少女に速水は無言で睨みをきかせる。

 速水の周りでは遠巻きにした他の生徒達が各々にささやきあっていた。

「だから、何よ……」

 速水に睨まれた女子生徒は絞り出すようにそれだけ口にした。

「自分がどうしようと、勝手ッスよ……」

 速水が視線を全く動かさずに答えた。

 声がかすれていた。そして細かく震えていた。アクセルとブレーキを同時に踏んだ車のように、速水は内から沸き上がる行き場のない力にその身を震わせる。そして絞り出すように出されたその声は、まるでその震えそのものが唸っているかのようだった。

 刃のように眼光鋭い目をした少女が、その内なる力を爆発寸前まで溜めている。

 そのことを本能的に察知したのか、注意をして来た女子生徒は震えながらも我が身を守らんと反論する。

「だからって……屋上で……」

「――ッ! 電話の話ッスよ!」

 速水が更に一歩詰め寄った。一対の眼光が残像で弧を描いて少女に襲いかかる。それはやはり刃を振り下ろしたかのような鋭さだった。

「ヒィッ!」

 女子生徒が実際に斬られたかのような悲鳴を上げる。そして完全に腰が抜けた。物理的にそこだけ抜き取ったかのように、女子生徒は腰からすとんと屋上にお尻をついてしまう。

 その屋上の床に何かシミが広がっていく。勿論斬られて流れた血のシミではない。屋上のコンクリートにしみ込みながら別の何かが黒いシミをあっという間に少女のお尻の下に広げていった。

「……」

 そんな女子生徒を速水が見下ろす。

 周りで遠巻きに見ていた他の生徒達が声を失い息を呑んだ。

「やっ……」

 今や女子生徒は完全に怯えていた。懇願するように速水を見上げ、まぶたをおののかせて引きつった頬を震わせる。

「自分が誰の――電話をとろうと、スルーしようと。あんたには関係ないッス」

「来ないで……」

「元より友達――じゃないッスからね……電話も、メールも……要らないなら、無視するッスよ……」

「何、言ってるの……」

「そうッスよ! 所詮ごっこッスよね? 友達とつるむなんて! この退屈な世界で、テキトー生きてく為の、お遊びッスよね! お金集たかったり、時間つぶしに利用したり! 抜け駆けされていないか監視したり、自分がババ引いてないか確認したりする為の道具ッスよ!」

 速水の手の中で携帯が今も着信を告げた。だが速水はその着信自体を握る潰そうとするかのように携帯をぎりりと締めつけるように握った。

「いや……」

「一人が嫌な時だけ、相手してればいいッスよ! こっちが必要なときだけ、便利に呼べばいいッスよ! びくびくおどおどと! 仲間はずれにされるのが怖いから、ずるずるべたべたととにかく集団に合わせて自分を殺すなんてまっぴらッス!」

 携帯の着信はけたたましいまでに速水を呼ぶ。だが速水はそれを打ち消そうするかのように一気にまくしたてる。

「おかしいわよ……あなた!」

 女子生徒が抜けた腰から下を引きずるように手で後ろに下がろうとする。

「自分は、友達よりも、自分をとるッスね! 友達を失くそうとも、自分の為に生きるッスよ! 電話ぐらいとらなくたって! 何も痛くないッス!」

「何なの……あなた……」

 女子生徒は力が完全に抜けていて、結局は後ろに逃れることはできなかった。

「自分は……自分ッスよ――」

 速水が最後まで女子生徒に今まさに斬り掛かるように見下ろし、


「そろそろ……終わりにするッスか……」


 自ら斬りつけたかのような刀傷のような眼光を光らせる。

「……」

 そしてその手の中では着信が諦めたようにふっと途切れた。


桐山花応きりやまかのんの科学的魔法』十一、ヤミ人 終わり

次回は8/18以降に更新の予定です。

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