二、ささやかれし者7
「何やってのよ、花応? 初めての学生食堂がそんなに楽しかったわけ?」
雪野が食堂の床に向かって、上から覆い被さるように呆れたように覗き込んだ。
どうやら戻ってきてすぐ、花応の惨状を目の当たりにしたらしい。
「うるさいわね……放っときなさいよ……」
花応はふて腐れたように答える。
だが放っておいて立ち上がれるようにには見えない。
「うお……とにかくどいてくれ……」
テーブルの間にイスに埋もれるようにして、絡まるように男子生徒と床に転がっていたからだ。
花応は男子の上にのしかかるように倒れている。その周囲には男子生徒が運んでいたお盆の食器が転がっていた。
男子は背中から倒れており、その上に花応が全身で乗ってしまっている。男子の両手が花応の両肩を支えていた。心なしか花応の体を床に打ちつけまいと、男子の両手は己を犠牲にして相手を支えているようにも見える。
周囲の生徒達がチラチラとその様子を覗き込んでいた。
「重い……」
「失礼ね! そんなに重くないわよ!」
花応が跳ね上がるように立ち上がった。
興奮の為か花応の頬は真っ赤に染まっている。
「いてて……ひどい目にあった……」
男子生徒が首を振りながら上半身を起こした。
「河中じゃない? なんで花応と絡まってんのよあんた?」
雪野が散らばった食器を一つ二つと拾いながら、不思議そうな顔で男子の方を見た。
「カワナカ?」
花応が不思議そうに相手の顔を見つめる。クラスメートだと言った男子の名前。その名前と顔を何とか記憶の底から一致させようとしているのだろう。
「千早か? ちょうどよかった、お前に訊きたいことが……」
男子はズボンの汚れをはたき落としながら立ち上がる。
「また? でも今は私の質問の方が、先だと思うけど?」
「そっちは桐山に訊いてくれ。俺は無実だ」
「何で私だけが悪いってことになってんのよ? あんたが変なこと言うからでしょ?」
「変なこと? 何、花応? こいつにセクハラ発言かまされたの?」
雪野がお盆に拾った食器を並べテーブルの上に置いた。
「するか! この河中宗次郎――」
河中宗次郎と名乗った男子は最後は抗議の声とともに立ち上がる。
「セクハラをスクープとして追うことはあったとしても、俺自身がスキャンダルになることなどない! 新聞部の期待のエースであるこの俺が!」
宗次郎は制服のズボンの後ろポケットに手を回した。そのまま目にも留まらない早さでコンパクトカメラを取り出すや否や、花応に向かってシャッターを切った。
「何勝手に撮ってんのよ!」
花応が更に真っ赤になってカメラに手を伸ばす。野次馬の視線を一身に集めているが、そのことには全く気づいてないようだ。
「失礼! 面白い被写体には、体が反射的に反応するものでね!」
「――ッ! ホント失礼ね!」
宗次郎が花応にカメラを渡すまいと、右に左にと手を挙げてカメラを遠ざけた。
そのせいで花応の手は空しく空を切る。
「あら。仲いいじゃない、花応?」
「よくないわよ! そもそも初対面よ!」
花応はまだカメラを諦めないようだ。つま先立ちにまでなって、そのあまり高くない背で宗次郎のカメラに手を伸ばす。
「同じクラスだって言ってんだろ! 顔ぐらい見てるだろ?」
「失礼。私の認識に上がってきたのが、今日が初めてなのよ。そして今日が最初で最後ね。名も知らぬクラスメートさん」
宗次郎自身の肩に手をかけ、花応はぐぐっと手を伸ばしてカメラを奪おうとする。
「千早、この失礼な女子に何か言ってやってくれ」
「失礼は、勝手に写真撮るあんたでしょ」
「はいはい」
長くなると見たのか、雪野は呆れたようにイスに腰掛けた。
「そうだ。写真といえば――」
「きゃっ!」
宗次郎が不意にくるりと身を翻し、花応は急に支えを失ってたたらを踏んだ。
「とても不思議な写真が〝いつの間にか〟撮れてるだが――よかったら話聞かせてくれないかな?」
「何? いつもの取材ならお断りだけど? 何がクラスのマドンナ特集よ……」
「こら! 急に動くな!」
「いやいや、もっと興味深い話だよ」
慌ててバランスを取り直し振りかえる花応の抗議を背に、宗次郎が雪野にカメラを差し出した。
「――ッ!」
雪野の顔が一瞬凍りつく。
その背面のフレームに写し出された画像には、
「これお前だよな?」
大量のスモークに霞みながらも、魔法の杖で炎を振りかざしている雪野の姿が写っていた。