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十一、ヤミ人 21

「でね! その後は、一晩中高速鉄道の話した訳よ! 勿論、科学的なことね! 一番興味深かったのは、トンネル突入時のパルス状圧力波――トンネル微気圧波だったわね! いわゆるトンネル・ドンってやつよ!」

 花応が空になった弁当箱の縁をお箸で叩いた。

 余程興奮しているらしい。お弁当の縁を叩いた後は目をつむって両手を合わせた。今度は両手の中でかみ合ったお箸がカチャカチャと鳴る。

 花応はその時の光景を思い出しているようだ。その姿勢でしばらく目をつむる。

「花応……お行儀悪いわよ……」

 お弁当箱の包みを結びながら雪野がこちらは冷静に目を伏せて注意する。

「あら、失礼。ふふん」

 花応は鼻をご機嫌に鳴らすとお箸を脇に置いた。お弁当のフタを閉め包みを結び始める。

「ホント、ご機嫌ね。花応」

「あれ、そう? 分かる?」

「分かるわよ」

「分かるかぁ? うん、分かっちゃうか? うんうん。一晩中妹と、科学的な話をする幸せは、顔に出ちゃうか?」

 花応は頬を丸くしてくすぐられたような笑みで身をくねらせる。

「やれやれ……」

 その様子に雪野が今度は完全に目をつむって呆れたように肩をすくめた。

「まあ、『いわゆるトンネル・ドン』と言われても、そっちは意味が分からんがな」

 宗次郎がこちらは半目に目を開けて二人の会話に割って入った。

 宗次郎は飽き始めていたらしい。宗次郎はイスを反転させてその背もたれを机に向けて座っていた。背もたれに腕かけて上半身をだらりと預けていた。

 背もたれが前に来ているので足も両側に大きく開いている。背中は力が入らないとばかりに無造作に曲げられていた。

「何によ? 真面目に聞いてる?」

 花応がその宗次郎にむっと頬を膨らませて横目で軽く睨みつける。

「お前こそ真面目に話せよ……今は、生徒会長や速水の話だろ……」

 宗次郎が小声になってちらりと後ろを振り返る。宗次郎が振り返った先には空の席が一つぽつんとあった。席のあるじはまだ帰ってきていなかった。

 興奮気味に声だかに話す花応に、生徒は時折こちらをちらりと振り返る。最初は物珍しげにちらちらと花応達の様子を伺っていたクラスメート。今は興味を失ったのか時折大きな声が聞こえた時にだけ振り返っていた。

 その中で氷室だけは未だに恨みがましく宗次郎の背中を睨みつけていた。

「そうよ。その為には、昨日の彼恋の様子は大事じゃない?」

「仲直りした途端にこれだよ。シスコンかお前は?」

「何か、言った? 河中」

 花応が宗次郎をじろりと睨みつける。

「別に」

「そう? でね! トンネル・ドンってのはね。列車が高速でトンネルに突入すると、圧縮波が形成されてトンネル内を反対の出口に向かってほぼ音速で伝わっていくの。で、反対側の出口までくると、そこからパルス状の圧力波が放たれるのよね! この圧力波が『トンネル微気圧波』! 大きな振動と音を伴ってドンっと圧力波がでるからそう呼ばれてるわ!」

「それで?」

 宗次郎が如何にも投げやりに間の手を入れる。

「それでね! その現象を起こさないようにする対策は幾つかあって、列車で言えばその先頭車両の独特な形にすることね! あの先の尖った形は走行時の空気抵抗対策というよりは、トンネル・ドン対策なのよ!」

「ふぅん……」

 雪野が気のない相づちを打つ。それでは素っ気ないと思ったのか、雪野は取ってつけたように続ける。

「飛行機みたいな形してるって思ったけど」

「そうね! そっからもちろん飛行機の科学的な話もしたわ! 何と言っても速度と空気の関係で言えば、航空機の音の壁も科学的に考えないといけないからね! こっちはいわゆる音速の壁よ! 航空機がマッハ1近くの速度で飛ぼうとすると、空気の圧縮性から色々な問題が生じるの! プラントル・グロワートの特異点による雲の発生や、ソニックブームもその一つね!」

「『ソニックブーム』?」

 宗次郎がその単語の意味を思い出そうとしたのかおうむ返しに聞き返す。

「そうよ! ソニックブーム! 高度を飛ぶ超音速機が、地上に衝撃波を叩き付けるはた迷惑なあれよ!」

「ソニックブームね……」

 宗次郎がその言葉にもう一度後ろを振り返る。

「速さっていえば、あいつだが……まだ帰ってこないな……」

 速水の席は相変わらず空席のままだった。

「まあ、〝早く〟帰って来ても、〝速く〟帰って来ても――」

 宗次郎はその席を見つめながら呟くと、

「〝はた迷惑〟なのは、同じか……」

 お尻のポケットからいつものカメラを取り出した。

トンネル微気圧波に関しましては、以下のサイトを参考にさせて頂きました。

http://www.asj.gr.jp/qanda/answer/201.html

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