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十一、ヤミ人 20

「あれは、どうだった?」

 その老人は駅の改札で待ち人を見つけると吊り目の目を柔和に細めた。

 余程大事な待ち人だったらしい。老人の特徴的な吊り目。その目尻がだらしないまでに垂れていく。

 目そのものが長く伸びたかのようなシワを目尻に刻み、老人は満面の笑みで相手が近づいて来るのを待ち構えた。

 老人の眉間にも多くのシワが刻み込まれている。深く、色の濃いシワだ。眼光鋭く睨みつけると眉間に刻まれるシワ。そのシワが老人の眉間にはくっきり刻まれている。

 笑みを浮かべる今もそのシワは消えない。まるで建国の苦労を岩版にでも刻んで記録した記念碑のように、古代の大地を氷河が荒々しく削ったように。老人の眉間にはシワがその厳しい時の生き様を語るように刻まれている。

 だがそれよりも目立ちのは今も笑い皺として刻まれている笑みの形に刻まれたシワだ。

 老人は笑い慣れたシワを揺らすと両手を広げて相手に向けた。

 改札を今まさに少女が通り抜けようとしていた。多くの人が乗り降りする高速鉄道の駅。その終着駅でもあるその改札には国籍すら様々な人々でごった返していた。

 少女は大きなカバンを引きづり眉間にシワを寄せていた。

「出迎えなんて、頼んでませんけど」

 眉間にシワを寄せていたのはカバンが重たかったからではないらしい。こちらはわざと寄せないと集まらないシワを、眉間に浮かべて不機嫌な顔をしてみせる。

 老人との血のつながりを感じさせる吊り目をこちらは更に吊り上げ少女はぷっくりと頬も膨らませる。

 迎えられた待ち人は花応と分かれて高速鉄道に乗った彼恋だった。

 彼恋が改札を抜け出てくると老人の方も二歩三歩と近づいて来る。

 抱きしめようとか両手を広げる老人の一歩手まで歩いて近づいて来た彼恋は、老人の手の届かない位置ぎりぎりで立ち止まる。

 彼恋の後ろからも続々と改札から人が降りて来た。人々の波に呑まれながらそこだけは小川にに突き出た小岩のように人の流れを二つに分けてしまう。

 つい先ほど姉が同じようなことを水鳥としていたことは勿論彼恋には分からなかっただろう。

「ご機嫌斜めだな。可愛い孫娘の為に、老骨にむち打って迎えに来たというのに」

 老人は他の乗客の様子も、孫の不機嫌な顔も気にしてはいないようだ。孫が最後に胸に飛び込んでこないこともに気に病むことなく、何処までもにこやかな笑みで広げた手をそのまま広げ続ける。

「だから頼んでませんわ」

「久しぶりの再会だろ?」

「つい最近会いました」

「そうか? でも、寂しかったろ? 一人旅は」

 老人はさあと言わんばかりに広げたままの手を軽く振る。

「お爺様の若い頃なら、半日がかりの大した〝旅〟でしたでしょうけど。今の時代の交通手段なら、片道一時間ちょっとのただの〝移動〟です」

「バカを言え。じいじの若い頃でも、半日は言い過ぎだ。夢の超特急が、ぎりぎり開業してたぞ。三時間ぐらいだ」

「そうですか? まあ、変わりませんけど」

「ヒドい言いようだな。じいじの時代からすれば、あの時どれだけ時代の変化を感じたか。科学の凄さを感じたもんだ。どれ、彼恋。カバンを持ってやろう。重たいだろう」

 老人がようやくその伸ばした手の置き所を見つけたのか彼恋の足下に無造作に置かれたカバンに手を伸ばす。

「結構です」

「じいじの言うことは、聞くもんだ。それが可愛い孫というもんだ」

「ふん」

 彼恋は文句を口にしながらもカバンを老人に手渡した。実際には重たかったらしい。伸ばされた手を拒むこともなく彼恋は老人にカバンを託した。

 二人は連れ立って歩き出す。

「確かに今の鉄道は速いな。一時間か……お前はさっきまで、花応に会っていたんだな……」

 老人は彼恋に背中に向けたまま自身に確認するように話しかける。

「ええ。高速鉄道の先頭車両があんな形してるのは、トンネル突入により生じたパルス状の圧力波がとか言ってました」

「ああ……トンネル微気圧波だな……いわゆるトンネル・ドン……ん? ――ッ!」

 老人が驚いたように振り返る。

「何ですか?」

 彼恋がもう一度不機嫌そうに頬を膨らませて立ち止まる。

「会ったのか? 話したのか?」

「何を今更。会いました。話しました。泊まりました。花応の部屋に」

「――ッ! 泊まった? あの娘の部屋にか?」

「ええ。朝には電車で帰るって伝えたら、一晩中トンネル微気圧派だの、音速の壁だのの話をされましたわ」

「そ、そうか……」

「ええ……そうですわ……」

 彼恋が小さく答えると老人を追い抜かして歩き出す。

「おっ! 彼恋! ゆっくり話を聞かせてくれ!」

「いいえ、お爺様。急いでますの――」

 彼恋は老人に振り返ると、

「急用を思いつきましので……」

 ようやく祖父に笑顔を見せて振り返る。

 その顔は何処かいたずらを思いついた小さな子供のような無邪気な笑みを浮かべていた。

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