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十一、ヤミ人 19

「ふふ……不機嫌なようだね……」

 昼の日差しもまぶしい生徒会長室。簡素だが特別に皆を見渡せる位置に置かれた生徒会長の席。

 その席の上に直接腰掛けていた時坂が人を小馬鹿にした笑みを浮かべていた。時坂はイスではなく机に腰掛け、半身をひねりながら部屋の中に振り返っている。

 窓から差し込む陽光と、遠くから聞こえてくる生徒のはしゃぐ声が時坂の頬をかすめる。

 時坂は向けて見せているその顔に柔和な笑みを浮かべていた。

「不機嫌ッスよ。楽しいお昼に、こんなところに呼ばれたら、誰だって不機嫌になるッスね」

 書記と書かれたネームプレートがある席に足を乗せて座る速水が、その言葉通りの不機嫌さも露に応えた。

 何よりおざなりに組まれた両足が机の上に投げ出されている。短いスカートがまくれ上がりその白い肌を太ももの付け根まで露にしていた。そのことに頓着した様子も見せず、速水はその足先を苛立たしげに上下に振っていた。

 座ったイスも斜めに傾いでいる。イスの前足を浮かせ、後ろ足だけで斜めに立たせていた。勿論そうしないと足を机に投げ出すことはできない。

 だが足先を振る度にその浮かせたイスもゆらゆらと揺れる様は、全身で不機嫌さを表す為には必要なようだ。

「なるほど、明らかな不機嫌さだね。行儀が悪い」

「うるさいッス……」

 速水は目の端を痙攣すらさせながら、あからさまに不快げにその細い目を細めて時坂を睨みつける。

 いつもの歪んではいるが自身の楽しみの為に細められるその細い目が、今は鋭く相手を射抜くように細められている。

 速水の手は己のヒザの上に置かれていた。

 その手の先では両手の中指が苛立たしげに自身のヒザを打つ。中々出ない調味料の底でも叩くように、それでいてその容器そのものを壊そうとでもしているかのように、速水は苛立たしげに自身のヒザを叩いた。

 揺らされるつま先とヒザを叩く指の仕草に書記のネームプレートがつられて揺れる。揺れる度にそのプレートは机の端に紙相撲の力士のように小刻みに動いていった。

「何がそんなにご不満かな?」

「あんたの存在そのものッスね」

「おやおや随分とな言われようだね」

「女子生徒を二人っきりで呼び出して、イヤミの一つでも言われないと思ったッスか?」

「別に正当な呼び出しだよ」

「だったら〝ささやか〟ずに、普通に校内放送か何かで、呼び出すッスね」

「それだと、君は来てくれないだろ? ヒネてるからね、君は。ほらあれだ。校長室への呼び出しもそうだ。本当は千早くんが、どうやって校長を誤摩化す――いや、騙すのか見たかったんだろ? あのうさん臭いセリフを、君も聞けばよかったのに。校長室に呼ばれて、素直に来るのはプライドに反するんだろうね」

「ふん……」

 痙攣は頬もふるわせていた。

 速水は頬を膨らませる代わりにその頬をぴくぴくと痙攣させる。

「用があるんなら、早く本題に入って欲しいッスね」

 時坂を睨んでいた速水が天井に視線を逃した。

 この話にも相手にも興味がない。その意思表示の為か速水の目は意味もなく天井の梁に沿って移動した。

「おや、せわしないね。待たせている友達でも、いるのかな?」

 速水の視線が外れたと同時に時坂の人懐っこい笑みが不敵な笑みに切り替わる。

「……」

 速水は答えない。

「おや? 友達はいなかったかい?」

「るっさいッス……」

「ああ。いたけど――」

「……」

「いなくなったんだね、友達」

「――ッ!」

 速水が全ての動きを止めた。

 代わりに動いたのはその目だった。全ての感情を引き受けたその瞳は、それだけが別の生き物のように時坂をめつける。

「友達をなくしたのは、君の責任だと思うけどね」

 時坂はその視線を涼しい顔をして受け止める。その顔は元の柔らかいものに戻っていた。

「……」

「……」

 速水は表情を鉄のように固まらせて相手を睨みつけ、時坂は貼つけたような笑みでその目を見返していた。

 互いに仮面のような表情で二人は目の奥だけで睨み合う。

「恨みがましい目は止めてもらおうかな……」

「……」

「君が友達を売ったんだ。自分の力の更なる高みの為にね」

「……」

「僕は便乗させてもらっただけだよ」

「はんっ!」

 速水が一際不快げに鼻を鳴らした。

 同時に速水が足先を苛立たしげに大きく一つ揺らすと、

「……」

 書記と書かれたネームプレートが弾けたように飛び上がった。

 揺れる足に触れた訳でも振動で落ちた訳でもないプレートが一直線に飛んでいく。

 自らの顔を狙うように飛んでくる書記のプレートを、 

「おっと……言い過ぎたかい?」

 生徒会長は軽く手を挙げるとその張りついた笑顔の前で受け止めた。

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