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十一、ヤミ人 18

「それでね、それでね! 聞いてよ、雪野! 彼恋ってばね!」

 お昼休みの教室。真新しい窓ガラスが白々しいまでの陽光を部屋に迎え入れているその部屋に、お弁当の匂いが辺りを包み込んでいた。

 教室にはそれぞれに集まった生徒達が、シャーレの中でコロニーを作る細胞のように点々と集まっていた。

 その一つのコロニーは窓際の席にあった。女子二人男子一人の小さくもにぎやかな集まりだった。

「でね! でね! 彼恋がね!」

 いやにぎやかなのは一人だけだったようだ。その女子生徒は手にしたお箸を宙に舞わせ、一人はしゃぐように話し続ける。

「彼恋ってばね! 私のこと心配してくれたの! ああ、ちゃんと二人で話してる時から、色々と心配してくれてたんだけど!」

 少女の一人語りはとどまることを知らない。

 まるでお箸を指揮棒にした、自分自身を鼓舞して行われる一人オーケストラだった。

 お箸が踊り、本人も小躍りするように、少女は軽やかに口を開き続ける。

 そのあまりの興奮に彩られた声に、皆がちらちらとこちらを見ていた。

「ああ、やっぱりいい娘だったのよ! 彼恋ってば!」

 少女は己のオーケストラを堪能する観客自身でもあったようだ。

 少女はその特徴的な吊り目の目をうっとりと閉じて、自身の言葉に酔うように胸に手を当ててまでみせる。

 勿論この女子生徒は花応だった。

「はいはい……」

 花応の前の席のイスを借り、雪野が後ろ向きに座っていた。

 こちらもお箸を手にした雪野が、静かに口元におかずの卵焼きを運んでいるところだった。

 雪野は静かに目をつむって卵焼きを口の中に放り込んでいた。

 単に味を堪能しようとしたのか、それとも――

「でね! でね! でね!」

 あまりに同じことを繰り返す花応の言葉を少しでも紛らわせようとしたのか。雪野は目をつむったまま卵焼きをゆっくりと咀嚼した。

「はいはい」

「もう! 聞いてるの?」

 素っ気なく卵焼きを味わい続ける雪野に花応がぷっと頬を膨らませた。

「聞いてるわよ、花応」

「ホントに?」

「ええ。同じ話を何度もね。うん、何度も聞いたわ」

 もう流石に口の中の卵焼きは無くなったはずの雪野がまだ目をつむったまま応える。余程呆れているのだろう。雪野はお弁当を味わうのに忙しいと言わんばかりに、咀嚼し続ける振りをする。

「そう! あんたは聞いてる? 河中?」

「聞いてるよ。てか、効いてるな……甲高い声で、何度も同じ話しやがって……」

 最後の男子は宗次郎だった。宗次郎は横から拝借したイスで花応の机の脇に座り、空になったお弁当箱を前にこめかみを押さえていた。

「何よ? 聞いてるんでしょ?」

「そんなキンキンした声色で、同じ話をこの短時間に何度も聞かされてみろ。こめかみ辺りに、効いてくるって言ってんだよ」

 宗次郎がこめかみを更に指先で押さえる。如何にも頭が痛いと言った仕草で、苦々しげにこちらも目をつむった。

「何ですって! せっかく女子の席で、弁当お昼交ぜてあげてるのに! 随分な言い方ね! 非科学だわ」

「何がだよ? 何が非科学だよ? たく……お前がこれ程はしゃぐ方が、絶対に非科学だよ」

 宗次郎が呆れて首を振る。

「ん?」

 そしてようやく目を開けると周囲の様子が目に入ったのか、不意に振っていた首を止める。

「ほら、見ろ。皆こっち見てるぞ」

 宗次郎が首を振って辺りを指し示した。

 宗次郎の指摘に何人かがぎょっと肩をすくませる。

「放っとけば、いいじゃない」

 花応もそちらを見ると横目で見ていた生徒達が、慌てて逃げるように視線を元にもどした。

「皆、ただの興味本位よ」

 花応はようやくお弁当にお箸をつけた。

 宗次郎の空になったお弁当箱の横に、ほとんど手つかずのお弁当が並んでいた。

「まあ、そうだが……一人、違う視線を送ってくるのがいるな……」

 生徒の内の一人が睨むように見ている。氷室零士だ。氷室が食いつかんばかりの恨みがましい視線でこちらを――正確には宗次郎を見ていた。

「てか、早く食って本題に入ろうぜ。いつまで食ってんだよ」

「だって、このお弁当。彼恋と作ったんだもの。ゆっくり味わって食べないと!」

「彼氏できたての乙女か、お前は」

 宗次郎が呆れたように首をだらりと後ろに垂れさせる。

「そうね……今後のこと、今から詰めとかないとね……」

 雪野も残り少ないおかずを口に運びながら宗次郎に応える。

「そうだぞ……」

 宗次郎が首をイスの背もたれから後ろに垂らしたまま目を細めた。

 宗次郎の逆さまになった視界。

 その先にあったのは空っぽの女子の席。

「お昼とともにとっとと、どっかにいっちまったな……何か企んでないといいが……」

 その席をじっと見つめながら宗次郎はぽつりと呟いた。

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